「京都から知的発信」を創業の精神に、全国の良書を送り続けてきました。「元気印の出版社」と評価されています。


ご注文は送料無料でお届けします!

『教育』2018年02月号 No.865

『キョウイク』2018ネン02ガツゴウ No.865

編著者
JAN
491-012835-028-3 00667
判 型
A5判
ページ数
112頁
発行年月日
2018年01月 
価 格
定価(本体価格667円+税)
ジャンル



※定期でのお申し込みは『教育科学研究会』様からご注文下さい。

特集

特集1:
私の「主体的・対話的で深い学び」
特集2:
特別活動の可能性

とびらのことば

学びの成果主義が教育を覆いつくす前に
世相を反映するかのような成果主義が学びの世界の深部にまで浸潤しています。「学びの成果主義」が全体を覆いつくす前に、本当の「主体的・対話的で深い学び」をどうしたら子どもたちに保障できるのでしょうか。
今回の新学習指導要領の目玉は、「何を学ぶか」を中心とする従来の姿から、「何ができるようになるか」を中心とするものへ、大きく変更した点にあります。その理由とされたのが、経済成長にとって「知識」が重要な基盤となった、予測不可能な社会の到来です。
「主体的・対話的で深い学び」とは、この「何ができるようになるか」と関連づけられた学習方法のことをいいます。
予測不可能な未来に向かってとにかく何かができるように、という無責任な「未来志向」だけでなく、カリキュラム・マネジメントといったカタカナ用語の導入、さらにはメタ認知、社会情動的スキルといったさまざまな「専門用語」や認知学習モデルをまぶして、今次改訂がいかに説得的であるかをみせようと粉飾されていることも見過ごせません。
もちろん、そうした新しい「専門用語」や学習理論(その多くは海外の研究に依っています)研究が教育学的に意味がないわけではありません。しかし、日本の教育研究と教育実践はそうした「新しい」研究動向に頼らねばならないほど貧相だったのでしょうか。私たちの「主体的・対話的で深い学び」を探究するにあたって、いま一度、戦後教育学をひもとく必要がありそうです。

編集後記

◉なんでもかんでも「アクティブ・ラーニング」といっていた文科省もこの狂騒に歯止めをかけざるをえないと判断したのは正しかった。しかし、学力テストやスタンダードを容認、推進する文科省に、「主体的」「対話的」「深い学び」の意味をリアルに認識する資格と能力があるのだろうか。
◉特集1の諸論文は、この点について懐疑的だ。山中論文は90年代の新学力観からアクティブ・ラーニングへと進んだ歴史的見取り図を示したうえで「深い学び」とは何かを問う必要性を提起している。馬場論文は、「何ができるようになるのか」という課題設定がきわめて功利的・非教育的なものとなりうる危険性を指摘した。さらに山本論文は、学力・評価論の系譜を明らかにしながら、測定できないものまで評価しようとすることに警鐘を鳴らしている。
◉「主体的で対話的な深い学び」は日本の教師たちが蓄積してきたことそのものだと思う。たとえば、石橋勝治の四谷第六小学校の生徒が自治の主体となる取り組みや、恵那の生活綴方教育は、子ども自身が「学びの主体」とならないかぎり、「わかる」ことに結びつかないことを理論的・実践的に明らかにしてきたはずだ。だからこそ、特集1だけでなく、特別活動を取り上げた特集2に寄せられた実践記録が、いきいきと学ぶ子どもたちを描くことができているのだ。ここに日本の教師たちが培ってきた「主体的で対話的な深い学び」についての理解の深さが示されている。文科省やそれに連なる研究者たちが、こうした教師たちの経験と知恵に学ばなければ、言葉だけが先行する、第2のアクティブ・ラーニング狂騒劇が始まるだけだ。

ご感想をお聞かせ下さい

この書籍へのご感想をお待ちしております。
※お寄せいただいたご感想の著作権は小社へ帰属し、当ホームページや小社出版物に転載させていただく場合がございます。
※ご感想への返信はいたしておりません。ご了承下さい。ご質問・お問い合わせはこちらからお願いします
※ご記入いただいた個人情報は、返信・連絡などの目的以外に使用したり、本人の同意なしに個人が特定できる形で公表することはございません。

関連情報

現在はありません