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『教育』2018年05月号 No.868

『キョウイク』2018ネン05ガツゴウ No.868

編著者
JAN
491-012835-058-0 00667
判 型
A5判
ページ数
112頁
発行年月日
2018年04月 
価 格
定価(本体価格667円+税)
ジャンル



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特集

特集1:
正義はどこに
特集2:
スイミーとごんぎつね物語のもつ力

とびらのことば

「わたしたちの正義」の可能性
子どもの虐待や貧困、教師や労働者のブラックな労働環境、ハラスメント、政治の腐敗、行政の隠ぺい・不作為……現代日本の教育と社会には、「不正義」があふれている。「不正義」を解決する立場であるはずの政治や行政は、むしろ新自由主義的改革こそが「正義」と、教育と社会の財政的・社会的基盤を掘りくずし、教育実践への統制を強めている。
わたしたちの教育と社会の、子どもを中心に置いた本当の意味での「正義」は、どこへいってしまったのか……。嘆息を禁じえない。「この世に正義なんか存在しない」、思わず口をついて出そうになる。
──いやいや、気を取り直そう。子どもはその成長・発達の過程で、他者とかかわり、試行錯誤しながら、人間の本来的な道徳性をゆっくりと、その子らしい形で開花させていく。社会の道徳性としての正義も同じなのだ。正義は、わたしたちの「声」の交わりのなかで、ゆっくりと試行錯誤しながら育っていくに違いない。「正義」は逃げ去ったのではなく、わたしたちの社会の深奥で、自身の育ちを待っているのだ。
本特集では、「不正義」があふれる現代日本の教育と社会で、それでも「わたしたちの正義」をあきらめないために、その可能性を拾い集めるような論考を寄せてもらった。歴史に、理論に、社会の現実に、教師の個性的な経験のうちに、小さくとも確かな「わたしたちの正義」の可能性を見出し、たぐり寄せること──、いま求められているのは、大上段からの押しつけとは一線を画する、そんな地道で泥臭いやり方なのだと思う。

編集後記

◉ 正義や正義感という言葉が、私たちの日常のなかで使われることがとても少なくなっているように感じる。子どもや若者たちが、社会の不正や自分たちのまわりの問題に対して自分の意見を表明しても、まわりから「なにを熱くなっている」「真面目ぶって」と冷やかされ、「浮いて」しまうようなことも多々あるようだ。しかし、これは子どもや若者たちだけの問題だというわけにはいかない。なによりも、私たち自身が声をあげて社会の不正義を質すということに本気になりきれず、どこかであきらめてしまっている状況があるからだ。
◉柳橋論文は、このことを正面に据えて、国家による暴力を「民衆に由来する正義」によって質す実践の必要性とその意義に迫ろうとした。同時に柳橋は「民衆に由来する正義」の根拠を「人間性の尊厳」に求めているが、荒巻論文が「あるべき」という正義が押しつけられるとき、当事者本人にとっては「人間性の尊厳」を傷つけられる暴力となりうることを具体的に明らかにしている。教科としての道徳や学校スタンダードなど「こうすべき」「こうしてはならない」ことが強要される状況が、子どもたちにとって、意味のある正義として認識され、獲得されるとは到底思えない。
◉特集2では、「ごんぎつね」と「スイミー」の実践を主として取り上げた。執筆者の多くは、この教材の研究を必ずしも専門にしているわけではない。しかし、小学校の教師にとって必ず出会うといってもよいこの教材に、それぞれがどんな思いで向き合っているのかを見てほしい。そして、多様な思いや解釈がありうることを知ることを通じて、自由な発想を広げてほしい。

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