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『教育』2018年09月号 No.872

『キョウイク』2018ネン09ガツゴウ No.872

編著者
JAN
491-012835-098-6 00667
判 型
A5判
ページ数
112頁
発行年月日
2018年08月 
価 格
定価(本体価格667円+税)
ジャンル



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特集

特集1:
学校スタンダードと無寛容
特集2:
教育実践と教育学の再生へ

とびらのことば

子どもを信頼し、「待つ」ことはできないのか
全国にますます広がる「学校スタンダード」や「無ゼロトレランス寛容」など管理的な教育に疑問と違和感をもち、実行に苦痛を感じる教師は少なくない一方、積極的に受け入れる教師も数多い。定型化した「マニュアル」は仕事を楽にするが人々を浅い思考か判断停止にとどめるという。過労死ラインを超えるほどの教師の過酷な労働条件や偏った基準による評価圧力は教師から思考の自由を奪い、子どもを見る目を曇らせ、「教育とは何か」に思いを馳せる余裕を失わせていないだろうか。いま学校現場で何が起き、教師たちは何を悩み、教育はどこへ向かおうとしているのだろうか。
現代の学校で子どもは何を感じているのか、何を求めているのか、何より子どもの声を聴きとり、子どもの視点で問題をとらえ直してみたい。「スタンダード」も「無ゼロトレランス
寛容」も子どもの成長にもっとも大切な「待つ」ことをしない。あらかじめなにごとも決められた環境は子どもの心を閉ざし無力感に陥らせないだろうか。子どもはしばしば自分が扱われたように他者を扱うようになる。不寛容な態度で扱われた子どもは不寛で決めつける社会の形成者にならないだろうか。
学校現場の悩みは深く、批判や告発だけでは事態は改善しない。苦悩や疑問を共有しながら、この現実が受容されている要因を理解したうえで、画一的で無寛容な指導に頼らない「子どもを信頼する教育」の価値と実践の可能性を探ってみたい。子どもにどう向き合い、教師はどう生きるのか、自分をくぐり、主体として教育のあり方を論じ合える契機にしたい。

編集後記

◉ 特集1は、ゼロトレランスと学校スタンダードを取り上げた。このテーマは、本誌では何度も取り上げてきたし、2016年6月号では「『学校スタンダード』が変えるもの」として特集を組んだ。そのときには、スタンダードの問題点を指摘し、これを批判するスタンスをとりつつも、一定の秩序や段取りが子どもや教師に与える安心感・安定感は無視できないともしていた。
 しかし、今号の特集論文を読む限り、スタンダードが教育実践を破壊するともに、教師のアイデンティティそのものの変質を促すものであることがよくわかる。
◉スタンダードに取り囲まれ、子どもの思考がどのように揺れ動きているかに思いをめぐらせるよりも、型どおりに進めることに追われてしまう教師たち(齋藤論文)。荒れることを恐れるあまり、シメることを強要され、「まるで軍隊」と感じられるような学校(佐々木・成瀬論文)。さらにはスタンダードを超えて、自らつくった一方的なルールに暴言と暴力で従わせようとする教師たちとそれを止めることができない同僚(小野論文)。
◉こうした事態はなぜ起きるのか。藤井論文は「ツルンとした世界」という言葉を使って、子どもも教師もあえて他者にかかわらない「ツルンとした顔」で学校生活を過ごすにはスタンダードに従うのが手っとり早いと述べる。じっくりと考え、自分と他者への関心と想像力を豊かにすることのできない無機質な空間の広がりをどう食い止めるのか、教育学と教育実践に本格的に投げかけられている課題だと思う。

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