2018年2月20日

 昨日、公明党の太田昭宏さんが『改憲的護憲論』の書評してくれたことを書いたので、関連して雑記しておきましょう。安倍さんの加憲案をどう捉えるか、内にも外にも議論を広げたいというお話です。

 年末にいろいろな方に献本しましたが、その内もっとも右の方で反応があったのは、日本会議代表委員の長谷川三千子さん。年賀状で謝意が寄せられ、「また異見交換したいですね」と書かれていました。それで、産経新聞の知り合いに、二人の「異見交換」を提案しているんですけど、まだ実現する気配は見えていません。

 読売新聞のナベツネさんにもある人を介してお送りしました。立場は大きく異なるでしょうが、国民投票に向かう議論のなかで左翼の防衛政策を鍛えることができれば、「国士」として本望ではないかと添え書きをつけて。さて、これはどうなるか。

 この本では現在主流の護憲運動のあり方とか共産党の政策を論評しているので、九条の会などには呼ばれなくなるかなと思っていました。実際、本の発売日の翌日に「読みました」と最初にかかってきた電話は、「共産党系が呼ぶのは難しいので、オール○○の会」でいかがでしょうかというものでした。これは、幹部自衛官といっしょに出演するという企画として進行中です。

 先日、ある県で九条の会に関わっている方が、新幹線に乗って3人も京都まで来られました。九条の会では呼べないけれど、そのほうが本音でじっくりと話し合えるかもしれないということで、実行委員会形式で催しをするそうです。山尾志桜里さんもお呼びしたいということなので、これは私が仲介することにしました。

 やっぱり九条の会は無理かなと思っていたら、そうでもありませんでした。九条の会として正式に呼びたいというところもあらわれ、週末に打合せをします。自衛隊と九条がテーマです。そうですよね、「自衛隊」を憲法に明記するかしないかが議論されるのに、九条の会は自衛隊の評価を脇において団結しているので、このままでは自衛隊に関する議論が深まらないまま国民投票が実施されることになりかねませんからね。

 ということで、内にも外にも議論を広げたいと、真剣に思います。以前、ここで書いた山尾志桜里さん、伊藤真さん、伊勢崎賢治さんと私の公開討論企画は、主催者を含め月末に全容が公表されます。乞うご期待。

2018年2月19日

 いやあ、びっくりしました。公明党の太田昭宏さんが、私の『改憲的護憲論』の書評をご自分のブログに書いておられます。短いので、まず全文を。

 「専守防衛の自衛隊を認める圧倒的多数の国民が、同時に憲法9条を守りたいと考えている」――。つまり「9条と専守防衛の自衛隊の共存」だ。そして「すべての政党が、侵略の際には自衛隊に頑張ってもらうという立場に立っているということは、護憲派の多くも『9条と専守防衛の自衛隊の共存』を受けて入れているということです」という。
 護憲派できた著者が「護憲による矛盾は護憲派で引き受ける」「自衛隊の違憲・合憲論を乗り越える」と提起する。

 太田さんって、大臣をされたこともありますが、山口那津男さんの前まで公明党の代表をされていた方です。ブログを見た時、目を疑い、思わず「えっ!」て声が出ちゃいました。だって、ちょっと調べれば私の政治的立場は分かるし、いやいや、本のなかにだって私の氏素性は包み隠さずに書いているんですから、分かってて書評をしてくださっているわけです。

 びっくりしたまま、本の帯で推薦文を書いてくださった池田香代子さんにメールでお知らせしたら、「興奮しました」として、次のような返信が出張?先の徳島から。

 「松竹さんの議論こそが、公明党(創価学会?)が求めていたものだったのか?!」

 そうか。そういうことかもしれません。

 どこかで書いたことがありますが、この本を書く最初のきっかけになったのは、十数年前、愛読していた「公明新聞」で「加憲論」が大々的に打ち出されたことでした。この加憲論は国民の心に届くかもしれない、護憲派は負けるかもしれないと、当時思ったのです。

 その後の十数年は、私にとって、どうやったら加憲論を克服できるかという葛藤と模索の日々でした。その集大成が『改憲的護憲論』なんです。

 安倍首相は現在、その公明党の加憲論を利用して、「これなら公明党も反対できないだろう」と攻勢を強めているわけです。公明党は自分が言いだしたことを逆手に取られて、困っているんでしょうね。

 でも、私の本は、公明党の加憲論に共鳴しつつ、どうやったらそれを克服できるかという、十数年間のそれなりの努力が反映したものになっているはずだから、公明党が安倍さんの加憲論に異議を唱えるとすると、役に立つ素材はあるのだと思います。それで太田さんが、公明党や創価学会の方々に推薦してくれたのかもしれません。

 うれしいなあ。もし公明党や創価学会の集まりに呼んでいただけるなら、どこにでも参上します。交通費と宿泊費と夜の懇親会費用を持ってもらえるならですけどね。

2018年2月16日

 共産党にとっても支持者にとっても、他の問題では譲れても、「これは譲れない」という一線があるとすると、野党連合政権が核抑止力に依存するものとなるかどうかではないか。いざという時には周辺諸国に対して核兵器を投下してもいいのだという核抑止力まで支持するとは、共産党としては絶対に言えないだろう。

 民主党も民進党も、公式に核抑止力依存を掲げていた。立憲民主党はできたばかりで、そこをはっきりとさせていないし、核兵器禁止条約についても、政府のように「反対」とまでは言っていない。しかし、北朝鮮の核の脅威があるから核抑止を否定できないこと、その点から核兵器禁止条約に賛成とは言えない状態であることは、時として言明している。

 そこをクリアーするために、政権のための政策協議にいおいては、そこを曖昧にしたまま何らかの合意をするという考え方もあるようだ。例えば、「核兵器廃絶をめざす」というような合意である。それに意味がないとは言わない。

 しかし、政策協議でそれで合意しても、政権を手にしたあとのことを考えれば、それは容易に崩壊する。例えば、年に1回の「防衛白書」では核抑止力依存が公然とうたわれているが(民主党政権のときもそうだった)、その文言を残すのか削除するのかが問われる。曖昧な合意の生命力もそこで尽きることになる。

 それよりも何よりも、唯一の戦争被爆国の日本で、ずっと原水爆禁止運動とともにあった共産党が、他の国に核兵器を使用する政策を維持するかどうかで、曖昧な態度をとることは許されないのではないか。トランプ政権のNPRが出され、再び日本への核持ち込みの可否が一つの焦点となろうとしているが、この問題の一番のポイントは、やはり核使用である。日本への核持ち込みがなければ、日本防衛のために核兵器を使うという核抑止はOKなのか、そこが問われているのだ。

 ここは、「核抑止なき日米安保」「核抑止なき専守防衛」を打ち出し、本格的にみずからの防衛政策を鍛えるべき時期ではないか。それを掲げて野党との政策協議に積極的な提案をしていくべきではないか。

 これを論じると思い出すのは、ニュージーランドの非核政策である。核持ち込みを拒否するところからはじまって、「核なきアメリカとの同盟」という考え方を打ち出すことになり、次第に同盟そのものが機能しなくなった。ニュージーランドは南太平洋非核地帯条約に入っており、オーストラリアも含めたアメリカとの軍事同盟の名前は残っているが、ニュージーランドの加盟は有名無実になっている。

 もちろん、目の前に中国があり、北朝鮮があり、ニュージーランドと何もかも同じで行くことには、世論の動きは微妙であろう。しかし、挑戦しがいのある課題であることは確かだ。こうして自前の防衛戦略を持つことができれば、アメリカとの関係で卑屈になることもなくなり、地位協定の改定や思いやり予算の抜本的な見直しなども視野に入ってくるだろう。

 1998年、この連載で何回もふれたけど、政策が真逆な政党間の連合政権構想論が不破さんによって出され、2000年に自衛隊活用論が提唱されることにより、安全保障分野でもそういう野党間の政策協議の土台が共産党の側から生まれることになった。政策協議を積み重ねて政権協議につなげるという可能性があった。

 しかし、その共産党が自衛隊活用論をすぐに封印することにより、その後、十数年にわたって足踏みが続いたわけだ。十数年前にちゃんと対応できていれば、現在、野党間の政権問題がこれほどこじれることはなかっただろう。現在、政権政党をめざすなら、最後のチャンスとでも言うべき時だ。これに失敗したら、共産党は、国会にも代表議席を持つ平和主義の市民運動団体のような存在として、今後は生きながらえることになるだろう。支持者の多くは、共産党が現実的になるより、その道を選びたいのかもしれないけれど。

 ということで、明日、この連載のタイトルで、人前で講演してくる。共産党関係者も何十名も来るみたいで、緊張しちゃうな。よく議論してこなくちゃ。(了)