2014年1月17日

 明後日は沖縄名護市の市長選挙投票日ですね。あっという間です。

 普天間基地問題が国政の焦点になって以来、沖縄にはいろんなかたちでかかわってきました。出版社に入ってからは、もちろん、本を出すというかたちでしたけど。

 前回(2010年)の知事選挙のときは、知事候補になった伊波さんの本をつくりました。『普天間基地はあなたの隣にある。だから一緒になくしたい。』という、長い名前の本でした。

 選挙で勝つためには(というか、この本の普及のためにでもありましたが)、政治的な立場を越えて連帯をつくらないとダメだと考え、たとえば自治体の労働組合についていうと、自治労の政治局長さんと自治労連の書記長さんの双方にお願いにいきました。どちらでも積極的に普及してもらいました。みんな同じ志をもっていることが分かって、とてもうれしかったです。

 伊波さんは革新共闘の候補者であって、安保条約は当然廃棄するという立場の共闘でした。でも、沖縄であっても、いまや安保破棄で多数を獲得するのは簡単ではありません。そこで、共闘の幅はもっと広げないとダメだと考え、防衛省の局長をへて内閣官房副長官補をつとめた柳澤協二さんにお願いし、伊波さんの本を出した1週間後に『抑止力を問う』という本を出してもらいました。ちょうどその前年に退職し、朝日新聞に「沖縄に海兵隊はいらない」という論文を寄稿しておられたので、ダメ元で頼んだんです。安保条約を認めるどころか、新ガイドラインづくりに携わったからですから、それなりにインパクトがあったと思います。

 選挙は負けましたけれど、仲井真さんは県外移設という立場を表明せざるをえず、普天間基地問題についていうと、沖縄の世論も行政も、辺野古移設はあり得ないということで一致ができた選挙だったと思います。大きな意味がありました。

 その仲井真さんが、今回、政府の圧力に屈服したということで、そのなかで名護市長選挙が闘われています。仲井真さんは、公約違反ではないと言い張っているようですね。

 それに対する批判は強いようですが、私からすると、仲井真さんの立場は、それほど変わっていないともとれます。なぜかというと、仲井真さんが辺野古移設について言ってきのは、「移設反対」というニュアンスではなく、「できない」「現実的でない」ということだったからです。

 これはこれで、政治の現実をよく捉えた言葉だと思ってきました。どんなに安倍さんががんばっても、「できない」のです。

 だって、防衛問題のスペシャリストと言われる人たちが、ほとんど「できない」と思っています。そういう人たちからすると、こんなに中国から近いところでは抑止力にならないということでもあるでしょう。

 どんなに政府ががんばっても、何百億円をつぎ込んでも、世論も変わらない。柳澤さんなんかは、座り込みに対して政府が実力を行使して、けが人が出て、それが世界に流れれば、アメリカの世論も政府もついていけなくなるとも言っておられました。

 明後日の結果も、「できない」ことを示す場となります。最後のがんばり時ですね。

2014年1月16日

 こういうタイトルで、かもがわ出版が後援し、3月9日に実施します。主催は、同実行委員会。チラシをご覧ください。

fukushima14.03.09

 3.11を前後して福島で開く企画は、これで3回目。当然ですよね。3年目ですから。

 ご存じの方もいるかと思いますが、この企画、うちの著者でもある伊勢﨑賢治さん(東京外大教授、元シエラレオネ国連平和維持軍武装解除部長)が、被災後の福島に入り、支援活動を開始したところから始まりました。伊勢﨑さん、「ジャズヒケシ(紛争の火を消すわけですね)」と銘打って、大好きなトランペットを吹いてきたわけですが、私の友人たちが実行委員会を組織して、震災の年の秋、阪神大震災の被災地である神戸で、「福島にふるさとを捨てさせない」をスローガンにジャズコンサートをやったんです。南相馬の原町高校をネットで中継したりしてね。

 そのあと、次のジャズヒケシをどこでやるかを考えたとき、やはり福島、それも浜通りしか考えつかなかったんです。それで浜通りにでかけ、現地の人たちの話を伺ったうえで、蓮池透さんの講演と、伊勢﨑賢治さんのジャズヒケシをやりました。原町高校のブラスバンドが出演したり、同高出身のプロのドラマーが伊勢﨑さんと共演したり、なかなか魅力的な企画になりました。

 2年目の去年は、同じ場所で、シンポジウム。池田香代子さん、清水修二さん、齋藤紀さんに出演していただき、福島再生の可能性を論じてもらいました。これは、「福島再生」というタイトルで、本にもなっています。

 そして3年目が、チラシにあるような企画です。ZABADAKといい、あまちゃんの大友良英さんを生んだ福島高校ジャズ研究部といい、お話しする人の顔ぶれといい、なかなかでしょ。それなりに緊張した暮らし、子育てを強いられている福島の家族のみなさんにとって、ホッと一息つける企画になればと思います。

 いつものように、これに連動したツアーも実施されます。3月9日のこの企画に参加した上で、浜通りに向かい、今回は事故を起こした第一原発が見られる場所まで行きます。そして、3.11の2時46分、慰霊祭の会場で黙祷して帰路につくというスケジュールです。

 参加をご希望の方は、以下の旅行社までどうぞ(たびせん・つなぐ 電話 03−5577−6300)。東京発と京都発の2種類があり、東京発の場合は、8日(土)と9日(日)という行き方もできます。

2014年1月15日

 昨日付で記事を書き、それをフェイスブックにもアップしたのだが、その場で少し議論になった。その議論をふまえ、私もコメントし、「宇都宮さん、『当選すれば細川さんを副知事に』なんて発言したらどうでしょうかね」と書いた。そのことについて、もう少しのべておく。

 選挙って、複数の候補者のなかから自分を選んでほしいと訴える場だから、他の候補者より自分が優れているのだと主張することになる。それ自体は当然のことだ。

 だけど、それが行きすぎる場合が、ままある。争点になっている課題について、「自分だけが優れていて、あとの候補、政党は全部本質的にダメ」とする傾向である。他の候補者のなかにだって、いろいろなバリエーションがあるはずなのに、本質的にダメということになると、「敵」だという位置づけになる。

 とりわけこの傾向が、似たような政策課題をかかげる候補や政党相手に出てくると、大きな弊害になる。似ているから、自分の支持者が食われると感じるわけだが、そこを回避するために、「似ていない」ことを強調するあまり、批判が打撃的な方向に向かうのだ。歴史的にみると、いわゆる社民主要打撃論と言われるものも、そのようなものだったと思う。

 細川さんの原発問題の主張について言うと、批判する場合も、脱原発を政治の世界の主流にするために保守との協力をどうするのかという角度が大事だと考える。いつ頃言いだしたのかとか、総理時代はどうだったのかとか、問い詰めるのはいいけれど、気持ちのいい批判であってほしい。選挙が終わった後は、脱原発のためにお互い協力し合おうねと、その健闘をねぎらえるようなものであってほしい。

 そうでないと、社民主要打撃論がそうであったように、結局、矛先は打撃を与える側に向いてくる。批判すればするほど少数になっていくのだ。「いつ頃言いだしたのか」なんてことを基準にしたら、3.11後に脱原発を自覚した国民多数を敵に回すことになるしね。

 それと、補足だけど、細川さんの総理時代の功績で思い出したことを2つ。小選挙区制をはじめ悪いこともたくさんあるが、それだけが強調されるのでは公平さに欠けると思うので、あえて書いておく。

 1つは、94年2月、日米経済協議5分野での交渉を、クリントン大統領との首脳会談に持ち込み、交渉を決裂させたこと。「NOという日本」を実践したわけだ。これはアメリカに警戒感を抱かせた。

 2つは、その直後に提出された防衛問題懇談会の報告である。有名な話だが、冷戦後の防衛問題の枠組みとして、日米同盟よりも多国間安保を優先して記述したことが話題になった。それでアメリカが巻き返しをして、橋本龍太郎時代の「安保再定義」にいたったことは、多くの方が知っているとおりである。

 ということで、言葉は悪いけれど、細川さんは「よりまし」である。宇都宮都知事のもとで、是非、原発担当の副知事をしてほしい。

2014年1月14日

 本日のニュースは、もっぱらこれである。私自身は宇都宮さんを支持しているし、その当選を願う立場だ。しかし一方、この問題をめぐる左翼陣営による細川さんへの批判を見ていると、違和感を感じることも多い。そこで少し考えたことを書いておく。

 私は、細川さんには、あまり悪い印象がない。彼が首相になったとき、私は国会議員の秘書をしていたのだが、その議員が衆議院予算委員会の理事をしていたので、細川さんが答弁する予算委員会の傍聴をずっとしていた。佐川急便疑惑で細川さんを追及する自民党が、理事会でどんなことを主張し、活動していたのかも、ずっと報告を受けてきた。

 一番強く印象に残っているのは、日本の侵略戦争をそのまま侵略戦争だと認めたこと。それまでの歴代首相がずっと認められなかったことだから、自民党が政権から降りるというのはこういうことなのかということで、とても衝撃的だった。

 それ以外でも、答弁のまじめさということが、特徴的だったと感じる。それまでの首相は、追及されるとかわすというか逃げるというか、正面から答弁しないことが多かった。ところが細川さんは、質問に正直に答えていた。分からないことは分からないと明確であったし、分かっていることを隠すような感じはしなかった。

 佐川急便の一億円問題は、自民党が細川政権打倒の切り札として持ちだしてきたものだ。私が仕えていたベテランの実力派議員は、予算委員会の理事会が終わって帰ってくると、「自民党は細川が辞任するまで追及するつもりだ。早晩、辞任するだろう」という感想を漏らしていた。私は、こんな問題が総理の辞任につながるのかと懐疑的だったし、実際、検察が乗りだすようなことにはならなかったのだが、こんな程度の問題でずっと追及されるのはばかばかしいと思ったのか、細川さんはあっさりと辞任してしまった。その権力への執着心のなさというのは、総理の資格としてはどうなのか、総理としてやりたいことをやるのが大事なのではないかと感じたのだが、それも含めて悪い印象はない。話は脇にそれるが、その実力派議員の嗅覚というか洞察力というか、すごいなあと感じた次第である。

 それで、今回の都知事選問題。私は、原発ゼロの日本をつくるという展望は、それを主張する革新左翼が国民多数を結集して政治の世界でも多数になるという構図では、おそらく実現しないと感じている。まじめな保守勢力とリアリズムにたつ革新勢力が協力し合って、ようやく政治の世界で多数になれると考えている。細川さんの出馬は、その方向に努力することが大切だという自覚を革新内部に生みだすなら、今回の選挙結果にかかわらず、大事なものを生みだすのではないかと感じる。

2014年1月10日

 本日も忙しいので、本の紹介。そうなんですよね、本づくりで忙しいわけだから、その原因となっている対象の本は、どんどん進行しているわけで……。

 タイトルは、『女子大生 原発被災地ふくしまを行く』。3.11を前に、2月下旬には書店にならべたいと考え、努力中です。まず、書店用のチラシをどうぞご覧ください。

女子大生福島を行く

 神戸女学院大学の石川康宏ゼミナールの編著です。石川ゼミは、ずっとこの間、慰安婦問題をテーマにやってきたわけですが、3.11後、原発をめぐる問題に大きくシフトしました。その最初の成果です。原発問題そのものは別の出版社から出るのですが、うちからは福島の被災問題をどう考えるのかというテーマになりました。

 福島をめぐっては、いろいろな本があります。そのなかで、この本の大事なところは、それまで原発とか被災とか、そういう問題を真剣には考えてこなかった女子大生が、どのようにそれを理解していくかという視点でつくられていることです。

 このことは、いま、女子大生だけでなく、日本全体の問題になっていると思います。福島の問題を克服し、解決していかないと、日本の未来はないわけで、女子大生の目線というのは、実は国民全体にとって必要な目線なのだと思います。どうすれば、福島のことを全国民的な課題にしていけるのか、その秘訣がいっぱいつまった本だということです。

 ということで、本のなかにある学生の言葉を引用。ふたつだけ。

 福島から帰って、家族に3.11から止まったままの町があることや、福島の農業のために研究している先生のお話を聞いたり、風評被害とたたかう農家の方の様子を見たり、多くのことが学べたと話しました。家族も私も福島のことを、どこか遠いところの出来事だと考えていましたが、お互い反省して、「みんなが書く本で、少しでも多くの人に本当の福島の姿を知ってもらえるといいね」と話しあいました。

 福島に行く前は、とにかく不安がいっぱいでした。……浪江町の書類には放射線対策が書かれていて、本当に行っても大丈夫なのかと心配になりました。「マスクは必要?」「レインコートも?」「ゴム手袋は?」「靴カバーなんて持ってないよー」という声が教室に飛び交っていました。でも実際に行ってみると、福島市の方はマスクもしておらず、神戸や大阪と変わらない光景に驚かされました。