2018年5月17日

 まあ、トランプさんが自由と人権を求めるアメリカの世論に屈して、体制保障を断念するようなことがあっても、それでも非核化を進める選択肢は残されている。日本がちゃんとした役割を果たせばいいのだ。

 もともと日本は、日朝平壌宣言において、核とミサイルと拉致が解決すれば国交正常化に踏み切り、大規模な経済援助をすると約束している。北朝鮮の人権問題を条件にしていないのだ。

 日本の政府も国民世論も、拉致問題が解決するならば、北朝鮮の人権問題には無関心なはずだ。中国の天安門事件があって、あれだけの学生が虐殺され、欧米が経済制裁を強めているなかで、日本だけは早々と制裁を解除し、弾圧者である中国政府との友好をうたいあげた実績がある。北朝鮮政府がどんなに残虐なことをやっても、日本政府ならそれを黙認できるはずだ。

 日本政府がそういう態度を北朝鮮問題でとったとして、野党も国民世論も、それを容認すると思う。日本で北朝鮮人権法が可決された時(2006年)、共産党だって、この法律に拉致問題だけでなく北朝鮮の人権問題一般が含まれていることを問題にし、それは北朝鮮の国内問題への干渉になるとして、法律の制定に反対した。ソ連と闘っていたときは、ソルジェニーツィン一人が言論弾圧されても、「それは国際問題だ」としてソ連を批判していたが、人権問題の位置づけがだいぶ変わったのである。

 かくいう私だって、朝鮮半島が非核化されることと、金一族のおぞましい支配がなくなることと、どちらか一方しか選べないと言われれば、前者に手を挙げるだろう。ただし、私がこの道を選ぶのは、北朝鮮の人権問題を国内問題だと捉えているからではない。重大すぎるほどの国際問題であるが、それを解決する道としてこれしかないと思うからだ。

 これまで圧力をかければ体制が崩壊するとタカ派の人たちは期待してきたのだが、その期待は寸分も実現してこなかった。外から締めつければ締めつけるほど、内部への締め付けが強化され、支配体制も維持されてきた。そういうやり方よりも、国交が正常化し、人びとの交流が活発になることこそ、北朝鮮の人びとが金体制を打倒する力になると思うのだ。

 ただ、この道を選ぶとなると、安倍さんは独自外交をやらなければならない。ブッシュ政権の反対を押し切って日朝平壌宣言に踏み切った小泉さん以上に、アメリカと対立してでも日本の利益を守る途を進まなければならない。その覚悟が問われることになるだろう。

 終わらなかったね。明日まで続ける。(続)

2018年5月16日

 北朝鮮の人権問題の実態はどういうものか。国連人権委員会(現在は人権理事会)特別報告者の報告では次のようになっている。

 憲法(建前)では国民無差別の原則がうたわれているが、よく言われている通り、実際には細かく分断されている。出自や党員かどうかや、その他による分断である。

 政治犯、イデオロギー犯になると法律にもとづき最高刑は死刑。そうならなくても強制収容所に入れられる。

 その際、連座制が水平的にも垂直的にも適用される。水平的にとはその家族まで罰されるということであり、垂直的にとは末代まで汚名を着せられるということである。

 逮捕されたもののうちかなりの数が、法のプロセスや裁判を受けることなく拘置所に送られる。そして拷問や強制労働を強いられる。

 教育システムは国家によって厳重に管理されている。子どもは国家に従属的になるよう教育され、批判的、分析的な思考を育てる選択肢がない。

 政府の許可なく外国の放送を聞くことはできない。政治上の反対意見は許されずに処罰される。国家の干渉を受けない本物のNGOをつくることはできない。

 脱北者について、政治的な理由でそれを選ぶものは当然のこととして、経済的な理由での場合でも、北朝鮮に移送されると迫害される。反逆罪とみなされ、収容、拷問、死刑が待ち受けている。子どもを産んだ場合、その子どもが殺されるz(異民族の血を入れないために)。

 まあ、この程度にしておこう。そうやって死刑にされずに強制収容所に入れられているのが、何回か前に紹介したように10万人だと推計されているわけだ。

 情報もないし、脱北者からの一方的な聞き取りで、そこまで言えるのかと問題にする人もいる。しかし、国連人権委員会による調査は何十年もの間に鍛えられていて、ある人から聞いたというだけでは断定せず、同じ場所にいた別の脱北者からの情報とクロスさせ、信頼性のあるものを抽出するのである。

 こうした情報が、朝鮮半島の非核化や各国との国交正常化の過程で、どんどんオモテに出て来ることになる。いまでは残してきた親族への迫害を怖れて顔を出せない脱北者も、今度はテレビの映像で語ることになるだろう。強制収容所の実態も出てくるかもしれない。

 大事なことは、非核化が進むとしても、金一族のこうした支配は変わらないことだ。金正恩が突然いい人になったから非核化が進むということではなく、残虐な支配を続けるために「譲歩」するということだ。

 それでもなお、トランプは、金一族を支え続けられるのか。それは他国のことで、朝鮮半島の非核化がもたらす利益には変えられないという態度をとり続けられるのか。それが問題なのである。明日が最後。(続)

2018年5月15日

 北朝鮮の人権問題は、日本からの帰国者などを通じ早くから明らかになっていた。私も1984年に刊行された元朝鮮総連幹部の『凍土の共和国』でその一端を知ることになる。

 しかし北朝鮮の人権問題が、国際的に問題になってきたのは、人権問題では先進的な欧米のNGOが着目するに至った90年代半ば以降のことである。それまで欧米のNGOにとってアジアの人権問題は他人事だったのだが、食糧危機で脱北者が大量に発生して情報が出回るようになることにより、見過ごすことができない問題として自覚されたのである。

 97年、国連人権委員会(現在の人権理事会)の小委員会(学者など専門家で構成される)が初めて北朝鮮の人権問題での決議を採択する。多くの人びとが拘禁され、人権侵害が引き起こされていることは明らかだとして、北朝鮮に対してはみずから批准している国際自由権規約の定めにもとづく定期報告書の提出を求め、国際社会には北朝鮮の人権問題に関心を持つよう訴えたものであった。

 北朝鮮は当時、大変真面目で、その定期報告書を2000年に提出し、01年に審査が行われた。ところがそこで北朝鮮は、「公開処刑」をやっていることを認めたのだ。「住民の全員一致の要請」があったからというものであったが、そういうことを堂々と言っても許されると思っているという感覚が、国際社会を驚かせた。国連人権委員会は、03年になって北朝鮮の人権状況を監視する特別報告者を置くことを決め、その後は現在まで、この報告者によって実態が明らかにされてきている。2つの側面から論じる。

 まず、実態はどうあれ、北朝鮮が公式に報告してきている法制度そのものが異常なことである。審査を踏まえた自由権規約委員会の最終所見では以下の点が指摘されている。

 1つは司法の独立がない。中央裁判所(最高裁)は最高人民会議(国会)に責任を負い、裁判官の任期は5年で、「不適切な判決」をした場合は刑事責任が生じる。

 2つ目は死刑の異常さ。死刑に値する5項目のうち4つが政治犯罪。他国に逃亡しただけで祖国反逆罪として死刑になる。平和的なデモに参加しても死刑になる。

 3つ目は移動の自由の制限。国内旅行でさえビザが必要。海外に行くには政府の許可が不可欠。

 4つ目は言論の自由。海外メディアの駐在に制限があり、外国の出版物を国民に配布することが許されていない。

 5つ目は参政権の制限。政党の結成について、それを望む国民が一人もいないことを理由に必要性を認めない。

 次が実態面である。北朝鮮が堂々と報告してくる建前としての法制度だけでも、以上のような問題があるわけだから、実態がどんなものかは誰でも想像できるだろう。特別報告者が提出した第1回目の報告では、あれこれ実態を述べた上で、全体として北朝鮮の人権状況は「言語道断(egregious)」だという評価を下していた。

 すでに長くなったので、続きは明日にする。(続)

2018年5月14日

 東京に出張中ですが、連載を続けます。あと3、4回かな。

 私がこの問題でジレンマという言葉を使うのは、非核化から平和条約へ、国交正常化へという過程が、北朝鮮が多少なりとも開放された国になることと結びついているからである。現在は隠されている北朝鮮の人権問題の実態が明るみになることにより、それでも金一族の支配体制を支えていくのかが問われることになるからである。

 94年の枠組み合意という限られた目的を達成するためにだって、IAEAの査察官はもちろん、アメリカからだって何十人もの要員が核開発の拠点であった寧辺に滞在した。その記録をしたためたケネス・キノネスの『北朝鮮Ⅱ 核の秘密都市寧辺を往く』では、文化も言語も政治も何もかも違う両国の人間が不信の壁を乗り越えていく過程が描かれている。

 ましてや国交正常化となれば、首都平壌にアメリカをはじめ世界各国の人間が出入りすることになる。そういう状態になれば、これまでは脱北者などを通じてしか人権問題の実態は伝わってこなかったのだが、いろいろな人に取材が可能になってくるし、強制収容所にアクセスしようという記者も出て来るだろう。

 そこで何が明らかになってくるのか。先日、ニューヨークタイムズのコラムニスト(元東京支局長)の記事が朝日新聞に翻訳されて掲載されていた。次のようなことも書かれていた。

 「トランプ氏にはぜひ人権問題も取り上げてほしい。ある調査委員会の報告によると、北朝鮮は強制収容所で「広範に」人道に対する罪を犯している。「10万以上という数字には国家の敵とされる人の罪なき家族も多く含まれるが、その数を上回る人が政治犯収容所に送られて死んでいる」。そう私に話すのはピレイ前国連人権高等弁務官だ。「頻繁な強制中絶や幼児殺害、キリスト教徒の迫害、拷問、即決処刑には十分な裏付けがある。トランプ大統領は、赤十字や国際社会が北朝鮮の刑務所や収容所にアクセスできるよう要求できる」という。」
 (コラムニストの眼)北朝鮮への疑念と期待 戦争回避の道筋は描ける ニコラス・クリストフ(NYタイムズ、4月29日付 抄訳)

 そういうことがもっとリアルに報道されるようになっても、トランプ大統領は、強制収容所や虐殺などは朝鮮半島の非核化と比べれば小さな問題だという態度を貫けるのか。アメリカ国民はそれを許すのか。

 その議論のためには、北朝鮮の人権問題を、より詳しく知っておく必要があるだろう。明日はその問題。(続)

2018年5月11日

 6か国協議のオモテの場面では、北朝鮮の非核化の見返りとして議論されていたのは、北朝鮮を攻撃しない保障であり、かつそれを朝鮮戦争の終結と米朝国交正常化にどうつなげるかということであった。しかし、金一族の支配体制維持を保障するかどうかこそが、あまりオモテには出てこなかったが、6か国協議で一貫して通奏低音のようなものであった。

 そもそも2003年に6か国協議がはじまったが、その第1回目の会合でも焦点となる。北朝鮮が非核化されたのちにしか見返りを与えないという当初のアメリカの態度は、早くも北朝鮮の粘り腰で後退し、核放棄の意思が表明されれば安全保障上の考慮をすることをアメリカは表明した。

 さらに、伊豆見元氏によると、この際、「脅威を与える意図はなく、侵略あるいは攻撃する意図もなく、体制変更を求める意図もない」という3つのノーまで表明したとされる(「中央公論」2005年3月号)。まあ、「体制変更を求める意図もない」と言っても、体制を支える資金源を断つ自由はあるということだったのかもしれないが。

 しかし、これらをきっかけに6か国協議は軌道に乗り始める。2004年の第3回会合になると、北朝鮮の新提案に対して、アメリカが初めて「見返り」に言及することになった。

 2005年になると協議の様相は複雑さを増す。アメリカはブッシュ政権が第2期に入るのだが、年頭の一般教書演説において、「我々の最終目標は世界から圧政を消し去ること」だと表明する。パウエルに代わって国務長官に就任したライスは、上院の指名承認公聴会において、北朝鮮を攻撃する意図はないとは表明したが、北朝鮮が最も関心を寄せる体制変更には言及しなかった。

 そういうなかで、さまざまな駆け引きの結果として、9月の会合で初めて共同声明が出され、朝鮮半島の非核化がうたわれるのである。しかし、この共同声明では、アメリカが北朝鮮を攻撃しないことは明確にされたが、体制保障までは明示されなかった。そして、体制保障にとって不可欠な資金源を断つか断たないかで米朝が激しく対立し、協議は頓挫して現在に至っているのである。

 この経緯が示すことは簡単である。アメリカが、北朝鮮の金正恩体制を支えることを明確にすれば、核問題は進展するということである。どんな残虐な支配体制であれ、それは北朝鮮の国内問題であって、体制維持に必要な資金を断つようなことはしなければいいということなのである。

 連載の最初で私が今回はこれまでと比べて可能性が高いと述べたのは、トランプならその程度のことはやると感じるからだ。これまでの歴代大統領と比べて、他国の人権問題への関心ははるかに薄く、それよりも自分が「平和の使者」となるのを選ぶと思うからだ。

 ただ、現実に起きるであろう事態の進行を予想すると、本当にそうなるのかと懐疑する自分がいる。自由と人権をあれほど重視するアメリカ国民が、そしてその代表であるトランプ大統領が、これから本格的に明らかになる北朝鮮の人権問題を見過ごすことができるのかと不安になるからだ。(来週へ続く)