安倍政権と野党共闘の力関係を象徴する判断

2016年6月1日

 えっと。また産経新聞IRONNAに寄稿しました。今回の記事は変わっていて、解散する場合と解散しない場合と、両方の記事を書いてほしいというものでした。だから両方を送ったんですが、記事の中身はほとんど変わらないんですよね。だって、解散するにせよ、解散しないにせよ、それを判断する安倍さんの胸の内は、同じことを根拠にしながら、揺れ動いていたでしょうから。まあ、どうぞお読み下さい。

 安倍首相による解散総選挙が先送りされた。同時選挙に踏み切って両方とも勝利するだけの確信が持てなかったからなのか、参議院選挙単独でやっても圧勝する自信を得たからなのか、どうなのだろう。

争点つぶしは成功してきた
 安倍首相にとって現在、衆参の両院で三分の二を占め、改憲を発議できるようにすることが、他のあれこれに優先する判断基準となっていることは間違いない。すでに三分の二を占める衆議院を解散するというリスクを冒してまで、同時選挙に踏み切ることを選択肢に加えていたのは、まさにそういう思惑があったからだ。
 その安倍首相にとって、これまでの選挙戦略は、かなりの程度、思惑通りに進んできたと思われる。いわゆる争点つぶしである。
 昨年夏の戦後七〇周年談話、年末の日韓慰安婦合意では、左派的な人々にさえもある程度のウィングを伸ばすことに成功した。右派の一部は反発したが、これらの人も選挙で投票するとなると自民党しかないことは安倍首相には織り込み済みだろうし、サミットで各国首脳を伊勢神宮に招くことによって、その右派にも飴を与えた格好だ。
 「保育園落ちた、日本死ね!」をめぐって対応を誤り、一時期、追い詰められる事態が生まれたが、ただちに保育士の給与を引き上げるという対策を表明した。これが抜本策ではないという批判はあるが、野党との違いは引き上げの額の違いだけで、方向性は変わらないという印象をつくりあげることに成功している。残業代をゼロにする法案をめぐっては、四野党が共同で労働基準法改正案を提出し、争点化されるのかと思ったが、国会の議論は選挙後の秋に先延ばしされた。
 これらにくわえ、おまけのようにアメリカからもたらされたのが、オバマ大統領の広島訪問だった。そして極めつけが消費税増税の再延期。これをめぐっても野党の批判はあるが、選挙の争点にはなりづらいだろう。

つぶした結果、憲法が争点に浮上する
 こうして、安倍政権の支持率は高止まりしている。アップしていると言ったほうがいい。同時選挙をやっても十分に勝利できると思わせるほどである。
 しかし、逆説的だが、その成功が安倍首相の心のなかに、言いしれぬ不安をもたらしているのではないだろうか。なぜかというと、これだけ争点をつぶしてしまって、では選挙で何が争点となるのか、安倍首相は何を争点としたいのかという問題が生まれているからである。
 結論から言うと、これだけ争点がなくなってしまえば、残る争点は一つにしぼられることにならざるをえない。憲法改正である。
 憲法改正だけは、いまの安倍首相の政治姿勢のもとで、争点つぶしができない問題である。この争点をつぶしてしまったら安倍政権ではなくなってしまう。一方の野党であるが、民進党はこの間、安倍首相に「改正案を出さないのは無責任」と責められ続けたが、岡田代表は「安倍政権のもとでの改憲には反対」という対応を堅持している。共産、社民、生活は護憲である。この状況下で、選挙で憲法改正が焦点になってしまえば、改憲をめざす与党か護憲の野党かという対立軸での争いとなることは明確である。
 この対立軸が何を生み出すのか見通せない。与野党ともに見通せない。そこに、高支持率を誇りながら解散にまでは踏み切れないという、安倍首相の判断があるのではないだろうか。

憲法改正に反対する世論の高まり
 今年の憲法記念日を前にした各種の世論調査を見ると、改憲(とりわけ9条改憲)が争点となった場合、改憲派には望ましくない傾向が見られる。いくつか紹介しよう。
 たとえば読売新聞(3月16日)。参院選で投票先を決める際、憲法への考え方を判断材料にすると答えた人が67%もあり、「しない」の31%を大きく上回っている。しかも、憲法を「改正しない方がよい」が50%で、「改正する方がよい」の49%をわずかに上回った。昨年は「する方がよい」が51%、「しない方がよい」は46%だったので、逆転した格好である。
 次にNHKが4月15日から実施した全国電話世論調査の結果。憲法を「改正する必要があると思う」が27%、「改正する必要はないと思う」が31%、「どちらともいえない」が38%だったという。NHKは2007年から今年で5回同じ質問をしているそうだが、「改正する必要はないと思う」の割合が一番高かったのが、今年の調査だった。
 最後に9条について毎日新聞(5月3日)。「改正すべきだと思わない」とする人が52%で、「改正すべきだと思う」とした27%を圧倒している。参院選で憲法改正に賛成する勢力が参院の3分の2を上回ることを期待するかどうかについては、「期待しない」が47%で「期待する」の34%を上回った。
 参議院選挙で憲法9条改正が争点になれば、盤石に見える安倍政権の屋台骨が揺らぎかねない。それがいまの世論の現状である。自民党執行部はそれを避けるために腐心している。しかし、それに替わる都合のいい争点が見つかっていないというのが、安倍政権を取り巻く状況だろう。

安全保障問題での野合を突くしかないが
 憲法改正問題で野党を分断できないとなれば、自民党にできるのは、9条とも直接に関わる安全保障問題で野党を突いていくことしかない。野合批判を強めることである。先の衆院北海道5区の補選でも、与党が攻めたのは、「日米安保は廃棄、自衛隊も解消するのが共産党だ。安全保障の考え方がまったく異なる政党の野合だ」という点であった。
 野合批判は、民進党には不安を与えている。北海道5区補選も、自衛隊の駐屯地を多く抱える千歳、恵庭などが選挙区であったこともあり、陣営の一部からは、「共産党には駐屯地の前で宣伝してほしくない」との声もあがっていた。共産党は、その懸念を受けて自衛官出身の共産党市議会議員(茨城県土浦市)を連れてきて、自衛隊のすべての官舎の前で、迷彩柄の服を着て「新安保法制を廃止して自衛官の命を守る」と訴えた。この元自衛官は、「自衛隊と共産党は思想が同じだ」と考えている人で、それなりの効果もあったことと思う。結果として、千歳、恵庭では与党票が野党票を上回ったが、圧倒したというほどではなかった。
 ただし、安全保障問題をめぐる野合批判は、野党共闘にとって乗り越えるべき大きなハードルではあり続けている。本当に選挙に勝とうとすれば、労働基準法改正や保育士の給与引き上げなどの分野での政策共闘にとどまらず、安全保障問題での共闘をどうするのかを真剣に探究することが不可欠になっている。
 共産党の志位委員長は、国民連合政府の構想を打ち出した直後、日本に対する侵略があった場合、自衛隊を出動させるし、日米安保条約第5条の発動も当然だという立場を表明した。野合批判が出るとすればこの分野であることを自覚し、いち早く手を打ったというところだろう。その結果、野党間では、ずっと将来のこと(共産党が安保廃棄、自衛隊解消を政策として掲げる将来の段階)は別にして、当面の現在は、安全保障政策も一致できる可能性があるということなのである。

与野党ともに見通せない野党協議の行方
 ところが、いま報道されている限りでは、野党協議のなかで安全保障面の政策の一致をめざす議論がされているわけではないようだ。これまで、あまりに開きが大きかったため、志位氏の提案が他の野党には真剣なものと受けとめられていないのかもしれない。また、与党からの野合批判に対する「赤旗」などの反論を見ても、侵略されたら自衛隊を出動させるという新しい論点は強調されず、「自衛隊を解消するのはまだ先のことだ」という、これまでの支持者をおもんばかった対応が目につく。当面の問題での政策転換とはいえ、共産党にとっても支持者を納得させることは簡単ではない。
 解散総選挙に打って出て、憲法改正問題が最大の争点となることを想定した場合でも、野合批判で野党を分断できれば与党の勝利が見えてくる。しかし、安全保障政策で野党が一致するのかしないのか、そこが与党にも野党にも見通せていない。大きな不安が残る。これが、非常に上手に選挙戦略を遂行してきたのに、最後の賭けができなかった安倍首相の心の内なのではないだろうか。(了)

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