今村前復興相の周辺

2017年4月27日

 「東北で良かった」も「本人の自己責任」も、今村氏の口がちょっと滑ったというものではなく、本音なのだろう。そして、政治家としての常識があれば絶対に言ってはならない(本音ではそう思っていても)言葉が口から出て来るのは、日常的にそういう会話が周辺でされているからとしか思えない(「人殺し」発言もそうだったと思うが)。

 その周辺というのは、今村氏の近しい自民党議員だろうし、復興庁幹部でもあるのではないか。賠償を支払う度ごとに、あるいは区域外避難者への援助を支出する度ごとに、「あまりにも多額だよね」というようなことが周辺で話題となり、「いやいや、東京だったらもっと大変だったよ」とか「4月で住宅援助が打ち切られてひと安心だ」とか、そんな会話が飛び交っているような気がしてならない。

 そういう気がするのは、「東北で良かった」にしても、安倍首相が問題にしたあとで、ようやく撤回することになったからだ。これって、周辺では諫める人がいなかったということであろう。議員にせよ官僚にせよだ。

 しかし、これは同時に、本人も周辺の人たちも、自分たちのそういう本音が安倍首相の本音に合致していると思っていて、確信犯としてやっていることだと思う。だって、賠償打ち切りも住宅援助打ち切りも、安倍政権の公式方針なのだ。だから、自分の発言は、建前としてそういう言い方をしてはならないというだけで、本音では安倍さんの考え方に沿っていると考えている。それで気安く出てくるというわけだ。小泉さん以来、そして橋下さんもそうだが、本音を出したほうが政治家として成功するみたいになっているしね。

 まあそれでも、安倍さんが素早く動いたのは評価する。けれど、任命責任を野党が追及するならば、本音のところでは今村さんと変わらないんでしょ、だから任命したんでしょと追及してほしい。違うのは、政治家として言ってはならない本音がオモテに出ただけであって、安倍さんはうまく隠しているよねと追及してほしい。

 ところで、新しい復興大臣の吉野さん。福島で被災しているし、川内原発をめぐっては3.11の月命日の日の再稼働(8.11)だったので不快感を示したし、その他、いろいろ復興庁にも注文をつけているらしく、庁内では「うるさ型」で通っているそうだ。がんばってほしいと思っていたら、庁内の就任挨拶で次のように発言したと報道されていた(本日の朝日新聞)。

 「(吉野氏は)会見に先立って同庁幹部を前にこう宣言した。「私は『一時間前の吉野』とは違う。政府の一員だ」

 いやあ、いまの政府、国家の幹部というのは全員が、自分の心情がどうあれ、安倍首相の意向を忖度し、一糸乱れぬ団結でやっていこうということになっているんだね。絶対権力者が何を言わなくても、その意向にそった権力の行使を、みんなでやるようになっているんだね。それに対置する新しい国家像の提示が求められると思います。

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