北朝鮮問題の対決構図・中

2017年12月6日

 アメリカも日本も、抑止力で突きすすめば、やがて北朝鮮が折れてくると考えている。というか、それ以外の方法は考えつかない。

 しかしまず、アメリカと日本では、微妙に立ち位置が違うことに注目しなければならない。2つある。

 1つは、相手をおどすことで目的を達成するという点では同じだが、その手法への信頼度というのが、少し違うのではないか。

 日本は抑止力論への信頼は揺るぎない。軍事的圧力を強めれば強めるほど相手は折れてくるし、必ず問題は解決すると信じ切っているようだ。だから、寝ても覚めても、「抑止力を強化する」ということが政策となり、そこから抜け出せない。

 一方のアメリカは、抑止力で頑張っても、折れない相手がいることを知っている。そういう場合、本気で軍事的選択肢をとることを真剣に考えている。いや、抑止力って、本当に万能であれば、アメリカはこれまで一度も戦争する必要はなかったのだ。何回もアメリカが戦争してきた事実そのものが、抑止力の信頼性を失わせるものである。そして、だからこそ、抑止力でおどして相手が言うことを聞かない場合、アメリカは実際に軍事的選択肢をとることによってしか、抑止力の信頼性を示すことができないわけだ。やる時はやる、戦争するということを示すことが、その後の抑止力の信頼性を高めるというのが、アメリカの立場であろう。

 日本はそういうアメリカにくっついている。アメリカを疑わないでいる。本当に戦争になった時の覚悟がない。

 もう1つは、日本には外交がないことだ。アメリカには、国務長官をはじめ、外交的解決の必要性に言及するものがいる。しかし、日本にはいない。

 おそらくアメリカでは、外交面でも、いろいろ水面下の動きはあるのだと思う。抑止力の強化と平行して、「こんな道もあるぞ」と示しているはずだ。北朝鮮が相手にするかどうかは別にして。

 しかし、そんな外交上の機微は、日本などには伝えない。もし外に漏れたら大変だし、その内容が、アメリカに到達するミサイルは拒否するが、それより短いものは容認するというものだったりしたら、余計に日本には伝えられない。

 アメリカが日本に求めるのは、抑止力の一部を担って軍事面で努力することだけ。外交面で何らかの役割を果たすことなど考えるなということだ。

 これって、場面は違うが、ソ連と東欧諸国のかつての関係のようだ。国際平和運動の会議などで採択する文書をめぐって、東欧諸国が交渉の相手国だと全然融通が利かない。そういうことって、親分であるソ連だけが決裁権限を持っているわけだ。衛星国はわびしいものだ。

 じゃあ、日本はどうしたらいいのか。(続)

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