憲法九条には戦争を阻止する外交力がある

2013年12月19日

 歴史教育者協議会という団体があります。その名の通り、歴史を教えている先生などが、中心になって運営しています。

 2年ほど前、「これならわかる日本の領土紛争」(大月書店)という本を書いたとき、学校の先生に注目され、いろいろな学習会に呼ばれたんですが、この団体の月刊誌にも寄稿を求められました。「歴史地理教育」という雑誌です。

 ここは、毎年、三省堂から、「歴史教育・社会科教育年報」というのを出しているんですね。その2013年版が、「平和・安全で豊かな生活と日本国憲法」と題して、明日、書店に並ぶ予定です。

 そこに論文を寄稿しました。「憲法九条には戦争を阻止する外交力がある」というものです。

 いま、中国の軍事偏重国家の現実を前に、多くの方が、「本当に九条で日本を守れるのだろうか」「中国は軍事力でやってくるのに、日本は軍事力を否定する路線でいいのだろうか」と悩んでいます。どこで講演しても、結局、この問題が克服できないと、九条を守る多数派は形成できないと感じます。

 九条の価値を論じるのに、いろいろな角度があります。空襲の体験者は、戦争を放棄するという理念を強調するでしょう。アジアへの侵略を反省する証として九条を捉えることに意義を感じる人もいるでしょう。

 だけど同時に、「実際に攻めてこられることを考えても九条」という角度は、どうしても必要です。それを論じたつもりです。以下のような章の構成です。

一、戦争する能力を低減させる力
二、戦争する意思を低減させる力
三、戦争の根本的な背景にメスを入れる力

 「はじめに」の部分だけ、以下、紹介します。関心がおありでしたら、本をお買い求めください。

 改憲勢力が国会において衆参ともに多数を占め、憲法改正がいよいよ現実政治の日程にのぼりつつあります。それだけの支持を改憲勢力に与えた一つの要因でもあり、今後の改憲論議の行方を左右する重要な要素ともなるのは、尖閣問題をはじめとする日本周辺における情勢の緊迫でしょう。「中国が軍事力で日本の主権を侵しているのに、日本は憲法九条によって軍隊を持ってはいけないことになっているので対抗できない」、「だから九条を変えて「国防軍」をつくろう」という改憲勢力の論理が、かなり多くの国民の共感を得ているわけです。
 この世論の構造は、そう簡単に覆すことはできないように思われます。中国が強大な軍事能力を持っているのも事実ですし、領海侵犯を実際に繰り返している現実もありますから、根拠も示さず、ただただ平和的、外交的に解決できると主張しても、説得力に欠ける面があります。
 しかし私は、憲法九条の価値というのは、戦争する軍事能力を弱めるとともに、その能力を発揮する意思をも弱めるという点にこそあると考えます。しかも、そういう価値は、戦後の国際政治で試されていると思うのです。本稿は、それを紹介することを目的としています。

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