昨日の続き

2015年2月20日

 引き続き忙しいので、新たなものは書きません。昨日、「T君への手紙」をアップしましたが、それについて質問があり、翌月号に書いた回答を紹介します。書き忘れましたが、「学習の友」という雑誌です。

(問) 一〇月号の『T君への手紙』で、戦後すぐの五〇年代に戦犯釈放運動がひろがったと紹介されていました。それはどんなものであり、どう考えたらよいのでしょうか。

(答) 戦犯釈放運動は、当時、大きなひろがりがありました。日本の独立が決められたサンフランシスコ条約締結直後の五一年末から開始され、もっとも高揚した五三年末、東京・両国の旧国技館で開催された集会では、「演壇上には一万三〇〇〇名が参加し、三〇〇〇万人分の釈放要求署名が積みあげられた」(吉田裕『日本人の戦争観』岩波現代文庫)といわれています。当時の総人口は九〇〇〇万人でしたから、最初の二年間で国民の三分の一が署名したことになります。

 しかも、この運動は、特定の右翼的な人びとだけが参加していたわけではありません。「さまざまな宗教団体や日本赤十字社、日本弁護士連合会、青年団体などによって戦犯釈放運動がおこなわれた」(林博史『BC級戦犯裁判』岩波新書)とされています。

 よく知られているように、東京裁判では、最大の戦争責任者である天皇は裁かれませんでした。また、BC級戦犯(捕虜の虐待等、戦争法規に違反したとして裁かれた人びと)のなかには、不十分な裁判手続きによって裁かれた人びともいます。したがって、国民のなかに、なぜこれらの人びとが裁かれなければならないのかと疑念をもった人びともいたことが、この運動をひろげる結果につながりました。

 戦犯は、東京裁判(正式には極東軍事裁判)や各国が独自におこなった裁判で犯罪者だと認定されたものです。その判決は、サンフランシスコ条約により日本も受諾し、条約を締結した各国の了解なしに、戦犯を釈放することはできないとされていました。

 「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない」(条約第十一条)

 したがって当時の支配層は、戦犯釈放運動を背景に、国会において、数年にわたり、戦犯の釈放、赦免を求める決議を次々と採択します。最初の決議は、五二年四月一四日、衆議院法務委員会によるものでした。さらに政府は、国民運動と国会決議を受けたかたちで、各国に対して、戦犯を釈放するよう働きかけます。アメリカに対しては、戦犯の釈放がなければアメリカが求める軍備増強はできないとして、強く釈放を求めたそうです。その結果、五六年までに、すべての戦犯が釈放されることになりました(国会による最後の釈放要求決議は五五年七月一九日)。

 一方、戦犯釈放の国会決議に反対した日本共産党をはじめ、国民のなかには、日本の侵略責任を追及する動きがありました。たとえば、五二年六月一二日の衆議院本会議で、高田富之議員は、「過去においてわが国がアジア諸国人民に対して犯した重大な犯罪に対する真剣な反省を鈍らせ」るものだとして、決議に反対しています。しかし、戦犯釈放運動が高揚するなかで、こうした主張は当時、大きな流れにはなりませんでした。

 それから二〇数年が経過した一九八二年、NHKがおこなった世論調査の結果、明治以来の日本の対外膨張を「侵略の歴史だ」と答えた人が約五二%に達しました。これは、五〇年代の国民意識からすれば、大きな変化でした。

 この変化が生まれたのは、六〇年代から七〇年代にかけて、多くの自覚的な人びとが世論に働きかけを強めたからです。

 たとえば「家永教科書裁判」です。六〇年代初め、家永三郎氏は、日本の戦争責任をきびしく指摘した歴史教科書を執筆しましたが、文部省は検定でこれを不合格にしました。そこで家永氏は、検定が憲法違反であることを裁判に訴えます。裁判は、自覚的に立ち上がった人びとの支持を得ながら二十数年にわたって続き、その過程で、少なくない国民は、日本による戦争の実態、責任を知ることになりました。

 これらの結果、国民の認識が変化したため、八〇年代になると、自民党政府の閣僚が侵略美化発言をすると、マスコミも問題にするようになりました。八二年、歴史教科書が侵略の過去を曖昧にしていることが国際的に問題になったとき、政府は、みずからの責任で教科書の記述を是正すると表明せざるを得ませんでした。

 強固に思われる国民の意識も、正義と道理を貫けば変えていけることを、この事実は示しています。了

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