『改憲的護憲論』に至った理由

2017年11月10日

(某雑誌に寄稿したものです。)

 もう十数年前のことです。愛読していた「公明新聞」の記事が目に飛び込んできました。大沼保昭さんという、私の尊敬する著名な国際法学者の寄稿です。

 詳細な表現までは覚えていません。「護憲的改憲」という考え方を、おそらく日本で初めて提唱するものでした。憲法九条が戦後の日本で果たしてきた意義、役割を積極的に認め、一項も二項も将来にわたって堅持するべきだ、しかし自衛隊を認めないかのような不都合な部分もあるので、平和主義に反しない範囲で最小限の改定は認めるべきではないか、という趣旨のものだったのです。公明党の提唱する「加憲論」の理論的なバックボーンとなったものでした。

 当時の私は、ゴチゴチの護憲論者でした。九条は一字一句変えてはならないと頑なに考えていたのです。その私にとって、「護憲的改憲」論は衝撃的なものでした。率直な言い方をさせてもらえば、「危ない! この考え方が拡がれば護憲派は敗北する」という受け止めでした。多くの人々は、九条を大切なものと考えていると同時に、自衛隊についても敬意を感じています。私自身だってその一員です。大事なもの二つを包含するような提唱ですから、私さえをも納得させるような要素があり、護憲派の基盤を揺るがすようなものになると思ったのです。

 それ以降、「憲法九条と自衛隊の共存」という現実をどう受けとめ、どう豊かにするのかが、私の課題となります。当時、日本共産党の中央委員会でこの問題を担当していた私は、まず共産党のなかで論陣を張ろうとします。しかし、なかなか共感を得られません。そこで共産党を退職し、編集者・ジャーナリストになって、自由な立場から問題に挑戦しようと決意します。

 最初に編集した本は、その挑戦を象徴するものでした。タイトルは、『我、自衛隊を愛す 故に、憲法九条を守る』。専守防衛の自衛隊に愛着を持ち、それを必死に育ててきた元防衛政務次官、元防衛庁局長らが、自衛隊の海外派兵と九条改憲の動きに警告を発した本でした。元防衛庁長官で自民党幹事長を務めた加藤紘一氏が推薦を寄せ、自衛隊の準機関誌「朝雲」の一面下に広告掲載も許可されるなど、大きな反響を呼ぶことになります。

 その後も同じようなスタンスで本の編集をします。その中で感じたことは、多くの人が九条を大切に思いながら、九条改正を掲げる自民党の政権を支持することの不思議さです。理由として考えられるのは、結局、護憲派の防衛政策不在でした。国民の多くは、九条の理念は大事だと感じながらも、周辺諸国の状況を見渡せば、防衛力がゼロでやっていけるとは思えません。ところが、護憲派は自衛隊を認めていないようだし、護憲派の政党からも防衛政策のようなものが見えてこない。それどころか、防衛力がないほうが平和になると言っているようだ。それなら、いろいろ不安を感じるところもあるけれど、自分の生命を預けようとすると自民党しかない──。国民の気持ちは、このように動いているのではないかというのが、私の推測でした。

 護憲派にも防衛政策が不可欠だと考えた私は、知り合った何人かに本の執筆を依頼します。しかし、従来型の護憲派は、やはり防衛政策を持つべきでないと主張します。一方、防衛の専門家の人たちは、護憲の見地で防衛政策を突き詰めたことがなく、乗り気になってくれません。そこで、それなら自分でと思い詰めて書き上げたのが、『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書)でした。

 しかし、私は軍事の素人です。武器を持ったことさえありません。そんな私が「軍事戦略」を説いても、国民多数の心には響かない。そこで、編集者としてお付き合いを深めていた柳澤協二氏(元内閣官房副長官補・防衛庁局長)らにご相談し、三年半ほど前に結成したのが「自衛隊を活かす会」(代表は柳澤氏)でした。この会は、自衛隊を否定するのでもなく、集団的自衛権や国防軍に走るのでもなく、現行憲法のもとで生まれた自衛隊の可能性を探り、活かそうという趣旨で、元幹部自衛官や安全保障論の専門家をお招きして議論するなどして、防衛問題での提言を行っています。

 今年五月三日、安倍首相が改憲に本格的に乗り出すことを表明しました。その案は、十数年前に私が怖れた「加憲案」でした。けれども、今では怖れることはありません。この十数年間、試行錯誤を重ねながら到達したものがあるからです。

 安倍首相の発言を聞いた時、私の脳裏にすぐ浮かんだのが、「改憲的護憲」という言葉でした。自衛隊を憲法に位置づけたいという改憲派の気持ちは痛いほど分かるけれど、自衛官を大切にするためにも、日本の防衛のことを考えても、やはり護憲を選ぶべきだというのが、この言葉に込めた思いです。そして、改憲しないことで生じる矛盾は、誰よりも護憲派が引き受けるべきだと考えたのです。『改憲的護憲論』(集英社新書、一二月二二日刊行)にご期待下さい。

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