放射線リスクの考え方・中

2015年10月2日

 中谷内先生のお話は、続いて、一般人のリスク認知がどのようにして生まれるのか、その仕組みと背景に移っていく。その後、福島の問題に入っていくのだが、本日は、その前まで。(以下、引用)

 二重過程理論は、最近の真価心理学や人間行動研究のシンポにより提唱されてきたものですが、人間の認知の仕組みの発達を合理的に説明できる仮説です。
 二重過程理論によれば、人間の思考には二つのシステムがあるとされます。
 一つは、経験的システムです。これは、①素早く無意識的に働き、おおざっぱな方向性を判断、②感情を伴い、直感的な評価をする、③イメージやストーリー、比喩による把握という特徴があります。
 もう一つは、分析的システムです。これは、①時間をかけて意識的に働き、精密に判断、②理性的で論理に基づいた評価、③抽象的な言語、数字などによる把握という特徴があります。

 経験的システムも分析的システムも働くのですが、日常生活の中でのリスクについては、どちらかと言えば、経験的システムが優越的に機能すると考えられます。
 人間の進化の歴史を見てみると、狩猟生活の歴史が長かったのです。狩猟生活の中では、たくさんのデータを集めて時間をかけて判断しているヒマはありません。例えば、野生動物が接近しているのが分かった時、それを狩るか逃げるか、仲間が襲われたときに助けるか逃げるかなど、即座に判断しなければなりまあえん。そういった生活の中で、少ない情報で時間をかけずに適切な判断ができるように進化してきたのが、経験的システムなのです。経験的システムをうまく使って生き延びてきた結果の末裔が、私たち、すなわちいま生きている人間と言えます。
 データを集めて、論理的に仮説を立てて検証していくという分析的システムは、人間が農耕や定住生活をはじめ、いわゆる古代文明を築いてから本格的に有効機能が始まったもので、せいぜい数千年くらいの歴史しかありません。

 ある分野で専門家と呼ばれる人たちでも、自分の専門領域外では、分析的システムを用いて判断しているわけではありません。経済学者が、自分の配偶者を選ぶときに、冷静に効用を計算して選んでいるとは思えませんが、それは日常生活の中の判断では、経験的システムが優勢に働いているからだと考えられます。……
 喫煙の健康リスクはかなり高いのですが、喫煙して平気でいる人でも、大気汚染については健康リスクを深刻に懸念するということが見られます。喫煙は、みずから選択していることであるのに対して、大気汚染は、受動的にさらされるという違いがあるため、自発的に接するリスクよりも受け入れにくいからです。……

 (リスク認知の2因子モデル)
 まず、第1因子として、「恐ろしさ」因子というものがあります。自分で容易に制御──たとえばリスクへの暴露を避けるなどができる──場合には、恐ろしさを感じにくくなりますし、自分では制御できない場合には、恐ろしさを感じやすくなるということがあります……。
 次に、第2因子として「未知性」因子というものがあります。要するに、人間は、よくわからない、目で見てその場で確かめられないものは恐く感じるということです。……
 この2因子モデルは、世界的なリスク認知研究の第一人者であるポール・スローヴィックによって80年代に提唱されたモデルですが、その後、日本を含む各国で研究調査がなされた結果、ほぼ同様の2つの因子がリスク認知の枠組みとしてあることがわかっています。

 自転車の事故によって、日本では、年に700人もの死者が出ていると言われます。ですから、客観的には、自転車事故のリスクというのは、軽視できないものです。しかし、……自転車は、誰でも簡単に運転でき、世界的な惨事を引き起こす可能性もありませんから、恐ろしさを感じることも非常に少ないです。しかも、皆が日常的に利用しており、よく知っている乗り物ですから、未知数因子も低くなります。ですから、自転車事故に関しては、客観的なリスクよりも、一般の人はリスクを低く感じる傾向があるということです。
 このようなことを理解することによって、例えば、自転車に関する安全意識を高める教育のあり方などの参考になり、社会的なリスク回避の取り組みに役立つと考えられます。専門家側が自転車のリスクは高いのは自明だと思っているところに、じつは、一般市民は自転車のリスクを軽視していること、そして、その理由はなぜかを教えてくれるので、コミュニケーションの方向性も出てくると思います。(続)

記事のコメントは現在受け付けておりません。
ご意見・ご感想はこちらからお願いします

コメント