自衛官の使命感と苦悩に思いを馳せて

2018年1月11日

 本日、3時間ほどにわたって、ある自衛官のお話を伺っていた。最後は陸将で、中央即応集団の司令官を務めた方である。安倍さんの加憲案で「自衛隊」が明記されるわけだから、その自衛隊の内部にいた方が発言するのは当然だと考え、昨年から何人かにインタビューを重ねている。

 生年は私と同じ。昭和30年。お父さんも自衛官であり、自分もそこを志すことに違和感はなかったが、小学校の提出書類などに父親の職業を「国家公務員」を書いて提出することには、何か割り切れない気持ちを抱えていた。ご自身は最後まで直接に体験したことはなかったが、「税金泥棒」と批判され、石を投げられることもある時代だったから、自分を納得させていたという。

 防衛大学に入り、1年のとき、担当教官が、「自衛官を志す人は好戦的とみなされることが多いが、一番先に命を差し出さなければならない自衛官が戦争を望むはずはなく、自衛官こそ平和主義者だ。そこに自信を持て」と言ったことが、ずっと記憶に残っている。

 自衛官としての歩みは、前半はまさにソ連との戦いにどう勝つのかがテーマだった。実際にソ連が北海道を占領した時、どう戦えばそれを既成事実とさせず、戦争を終わらせられるかを必死に考えた。

 一方、それを真剣に考えれば考えるほど、自衛隊に与えられている法的権限とのギャップに悩む。とはいえ、その権限を政治が与えないなら、その範囲でやるのが自衛官だとの思いもある。

 自衛隊が海外に派遣されるようになったソ連崩壊後は、そのギャップを身を以て体験する仕事に携わることになる。悩みながらの自衛官人生だったと思う。

 そういう自衛官にとって、「自衛隊」が憲法に明記され、違憲の存在だという見方が一掃されることは、本当にうれしいことだと感じる。しかし、世論調査を見ると、それに反対する国民も半数いて、世論が分かれている。

 そのことを考えると、九条を変えずに、法的な整備を積み重ねるやり方を否定するまでには至らない。自衛隊違憲という見方が残るのは悔しいけれど、日本の平和と安全のための環境が整備されることが一番大事だから。

 まあ、無理矢理ざっと要約すると、こんなお話だった。正確にはテープ起こしをし、他の方のお話とまとめて本にするけれど。

 こういう自衛官の使命感、苦悩に何の思いも馳せない改憲反対論は、やはり説得力を欠くだろうなあ。それが主流なだけに、なんとかしたいなと思う日々である。

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