北朝鮮本の書き出し

2018年8月28日

 執筆中の『北朝鮮というジレンマ』の本だが、問題が問題だけに、読みやすい本になりにくい。そこで各章の出だしだけでも読みやすくという担当者の指示があり、第一章「ジレンマの発生」の出だしは、こんなものにしてみた。いかがでしょうか?

 九二年九月二八日、国連総会に参加するため北朝鮮からアメリカにやってきた金永南(キム・ヨンナム)外相を歓迎するための昼食会を、ニューヨークのアジア・ソサエティーが主催した。アメリカ国務省にも招待状が届き、北朝鮮担当のケネス・キノネスが出席する。「(相手から)声をかけられるまではこちらから話しかけるな」という指示が付いていた。しかし、「招待を受けたこと自体が、IAEAに協力し韓国との対話を続ける平壌に対する、米国務省の善意の暗黙裏の証であった」。一人の男がキノネスの背後から声をかけてくる。
 「初めまして。あなたが、我々の言葉をしゃべっておられるので、つい失礼しました。自己紹介させてください。私は朝鮮民主主義人民共和国(国連)大使の許鐘(ホ・ジョン)です」。お互いの経歴などを紹介し合ったあと、許はキノネスを金外相のところに連れて行く。
 金「国務省官吏がどうしてワシントンからわざわざやってきたのか」
 キノネス「ええっと、実は、単に何人かの旧友に会いにやってきたのです」
 「ワシントン・ポスト」の敏腕記者が金とキノネスの夕食会を提案し、カーネギー平和財団の代表が「私がセットする」と表明する。キノネスは、第三者の招待であれば国務省の事前の了解を得て参加できるとのマニュアルに沿って、あわてて国務省に電話を入れる。そして夕食会。北朝鮮の筆頭は、金桂寛(キム・ゲガン)核問題担当大使に替わっている。
 金「昨年九月の国連総会で、貴国のブッシュ大統領は、海外配備の戦術核兵器を撤去すると声明したはずだ。しかし、韓国の雑誌『マル』八月号によると、核兵器を搭載した原子力潜水艦が釜山の西にある鎮海海軍基地に定期的に寄港している。ブッシュ大統領の声明は信用できるのか」
 キノネス「なぜアメリカ大統領の公式の声明ではなく、韓国の雑誌の記事を信じるのか」
 金「『マル』は韓国政府に弾圧された過去のある雑誌であり、信頼性がある」
 キノネス「『マル』の記事は過去の史実に沿ったものだ。ブッシュ大統領が国連総会で演説して以降、原子力潜水艦は核兵器を搭載して鎮海海軍基地にはやってきていない」
 金「根拠を述べよ」
 キノネス「私はこの六月、横須賀で鎮海海軍基地からやってきた原子力潜水艦インディアナポリスに乗った。潜水艦の乗員は釜山でロシアの商船員とも夕食をともにした。もう冷戦は終わったのだ。私はアメリカ政府の決まりによって、ある艦船にアメリカの核兵器が搭載されているともいないとも言えないが、少なくとも私は乗員がミサイルの上でぐっすりと眠っているところを見たし、それを写真にも撮ったのだ」
 キノネスは、この時のやりとりの記述を、以下のような文章で閉じている。
 「『敵』との会食はスリルに満ちているが、未知の外交の分野に踏み出すというストレスと興奮で、私はすっかり疲れてしまった。その九月の出会いは、しかしながら、それから五年間にわたる多くの会合の第一歩に過ぎなかったのである」(以上、一九九四年の「米朝枠組み合意」に至る経緯を記述したキノネスの『北朝鮮──米国務省担当官の交渉秘録』からの筆者の要約と引用)

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