請求権問題再論・下

2018年11月2日

 徴用工問題は、これまでは請求権協定の枠内の問題だった。協定によって請求権問題は解決したという両国政府があり、いや協定によって個人の請求権は消滅していないという原告があり、その争いであった。争いの結果、協定で自国民の権利は解決済みという合意をした韓国政府が支払いをすることで、徴用工の権利は満たされたというか、補償はされた。これが前回までの要約。

 これは常識的な結論である。サンフランシスコ平和条約で日本とアメリカは請求権問題の「解決」をうたっがた、それでも日本の原爆被害者はアメリカに対する請求権を持っている。しかし、条約で解決済みとされているので、それに同意した日本政府に対して国家賠償を求めてきたわけである。「いや日本のおカネでは満足できない。被害を与えたアメリカを相手に裁判を起こせ」と求める政党も市民団体もなかった。重ねて言うがそれが常識である。

 ところが、徴用工たちは、韓国が支払いをする(もともと原資は日本の税金だが)のでは満足しなかった。そこで新たな訴訟を日本企業を相手にして起こした。けれども、請求権協定とその解釈が現在のままでは(個人の請求権は消滅していないという解釈も含め)、どんなに争っても日本におカネを出させることはできない。実際、第一審、第二審とも原告が敗訴する。

 そこで韓国の大法院は、新たな論理を提示する。今回の判決は、請求権が消滅していないという結論は同じでも、その論理を変えた。「植民地支配は違法だから徴用も違法である」「だから被害者の損害賠償請求権は請求権協定によって消滅はしなかった」という論理を持ってきたそうである。

 これは分かりにくいかもしれない。請求権協定というのは、昨日引用したように、「財産、権利及び利益…の請求権」を解決したものである。韓国には徴用工の給与未払い問題などがあるし、日本には企業が韓国で建設して置いてきた工場などの財産補償問題があるし、その双方をこれで一括して解決しようということである。つまり、「損害」に対して請求するわけであるが、あくまでおカネの問題なのである。

 これに対して、今回の判決は「賠償」請求権を問題にしている。賠償というのは、国家が行った不法行為に対してふさわしくおカネを支払うものだ。戦後の日本は、サンフランシスコ条約にもとづき、いくつかの東南アジアの国との間で賠償を支払ったが、そういう性格のものである。

 つまり判決は、財産上の請求権問題は請求権協定で解決したかもしれないが、この協定では「賠償」請求権が規定されておらず、だから不法行為をした日本に対する徴用工の賠償請求権は残っているということなのである。請求権協定の枠内で(解釈で)問題を解決しようというのではなく、請求権協定が間違っているから(日本の不法行為を認めていない部分は少なくとも欠落していると言えるから)解決が必要だということなのである。

 確かに、請求権協定は「賠償」に言及していない。日本が賠償を支払ったのは、サンフランシスコ条約に参加した戦勝国に対してであり、韓国は戦勝国でないとして条約会議への参加を認められなかったから、対象にならなかった。

 植民地支配そのものが違法だという認識が当時の世界にあれば「賠償」も考えられただろう。しかし、当時、アメリカもイギリスもフランスも植民地をたくさん保有していたわけで、植民地支配を違法行為とする「賠償」は国際的に通用しなかった。条約交渉で韓国はそれを日本に求めたが、日本は当時の国際法に則って拒否し、韓国側も妥協したわけだ。法的にはそういうものだが、そうはいっても多大な迷惑をかけたことも常識だったので、5億ドルという途方もない額を財産請求権名目で支払ったのである。

 だからいま、請求権協定で徴用工の請求権が消滅したか残っているかは問題にもなっていない。誰に聞いても「残っている」というだろう。

 「賠償」請求権を認める今回の判決は、そこを問題にしているのではなく、請求権協定とそれと一体の日韓基本条約は日本の植民地支配が違法だと認めていないので、間違っているという論理に立っているのである。そんなものを基礎に交渉したり裁判したりしても負けるからそれを破棄せよとまでは明示的に求めてはいないが、事実上はそういうものである。

 人間の認識は発展する。とりわけ人権意識は急速に発展する。現在だったら、どこかを植民地として支配しようとしたら誰もが「違法だ」と叫ぶだろうし、撤退にあたって「賠償」を求められるだろう。しかし、人間の認識の発展度合いに応じて過去の条約を問題にしていたら、破棄される条約が山のようになっていく。

 だからこそ、条約を尊重するということと、現在の認識にあわせて人権を尊重する立場に立つということと、その両立が大事なのである。もともとの記事で書いたとおりのことであるけれども。

 まだ論じ足りない。ちょうど本日の「赤旗」に共産党の志位さんの見解が載っているので、来週はそれを材料にして論評を続けたい。(了)

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