2013年8月13日

 4類型から全面容認へという路線転換の背景には、もうひとつの事情があると思われる。国民に対する説得力という問題だ。

 安保法制懇の最初の報告で4類型が選ばれた理由のひとつは、集団的自衛権の必要性にリアリティをもたせるためだったと思う。

 たとえば第1類型。台湾海峡をめぐる米中対決において、アメリカの艦船が中国に攻撃を受けるというのは、あり得ない想定ではない。実際、そういう際にどうするかを想定した法律が、米中の双方に存在する。独立を宣言した台湾に対して中国が武力介入し(中国はそのための反国家分裂法を制定している)、それに対してアメリカが介入する(アメリカはそのために台湾関係法を制定している)というものだ。日本の周辺事態法も、この事態が念頭におかれている。

 あるいは第2類型。アメリカに向けてミサイルが発射されるというものであるが、北朝鮮がアメリカ本土に向かうミサイル開発に力を入れているのは、いま目の前で進行している事態である。

 ただ、これらの事態も、現実に国民のなかで議論がはじまれば、説得力に疑問符のつくものだ。よくよく考えると、「本当に日本がそれをやるのか?」と疑問が出てくる。

 たとえば、中国の武力攻撃を受ける台湾を助けようとアメリカが軍事介入したとして、そのアメリカの艦船を中国が攻撃するというのが、第1類型であるが、その場合に日本が中国に反撃するのは、国連憲章第51条が定める「集団的自衛権」の要件を満たしているのだろうか。国連憲章は、「加盟国に対する武力攻撃が発生」したときに集団的自衛権の行使を認めている。台湾への中国の武力攻撃はどんな理由があれ許されることでないとはいえ、台湾そのものは「加盟国」ではなくなっている。そのときに、それを助けるアメリカが攻撃されたからといって、すんなりと集団的自衛権として合法化されるとは思えない。

 ミサイルへの対処についても、多くの方がイメージするのは、飛行する(あるいは落ちてくる)ミサイルを反対側から(あるいは下から)、撃ち落とすというものだろう。だけど、これは柳澤協二さんの受け売りだが、北朝鮮や中国から米本土にミサイルが発射された場合、それを日本が迎撃するためには、飛んでいくミサイルを後ろから追いかけて撃ち落とすという形になる。向かってくるミサイルに正確に当てるのも至難の業なのに、先行するミサイルに追いつくスピードでミサイルを発射するなんて、技術的に不可能。それでも米本土へのミサイルを撃ち落とそうとすれば、まだ発射されない状態で攻撃するとか、そんな話になってこざるを得ない。それは、集団的という言葉がつこうがつくまいが、決して「自衛権」の話にはならない。

 ということで、具体的になればばるほど説得力に欠けると思って、政府は、方向転換を図っているのかもしれない。そのあたりはもっと見極める必要があるけれどね。(続)

2013年8月12日

 この本、今週中に再校のゲラを仕上げて、私の手を離れます。9月17日が出版予定日。世の中でもこの問題が焦点になりつつあるので、タイムリーなものとなるかなあ。ということで、今週は、この問題をとりあげます。金曜日にはこの本のプレゼントについて告知するので、お盆真っ最中だけど、関心のある方は訪ねてきてください。

 さて、この問題では、安倍さんの安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)の座長代理を務める北岡さんが、読売新聞、朝日新聞へと連続的に登場した。集団的自衛権推進派による世論への働きかけは、今後大規模に強まることになるのだろう。

 ところで、このふたつのインタビューの中心点は、この秋に安保法制懇が出すとされている提言(以下、新提言)で、集団的自衛権の全面的な容認へと舵を切ることにあるとされる。読売の記事のタイトルも「集団的自衛権 全面容認提言へ」となっている。これは、安倍第一次内閣の際の安保法制懇の提言(以下、旧提言)が、いわゆる4類型(米艦船が攻撃されたとき、アメリカ本土に向かうミサイルが発射されたときなど)に限って容認するとしていたものを、そういう限定を外して全て容認するようにするということを意味している。

 しかし、これは最初からミスリードである。旧提言が4類型を重視して、その実現のための論理構築をしているのは確かである。しかし、その4類型に限って憲法解釈を変え、集団的自衛権をそこだけ容認するというものではなかった。集団的自衛権を全面的に容認する憲法解釈を行ったうえで、政策的に実施するのは4類型に限るというものだったのは、当時を知るものの共通認識のはずである。

 実際、自民党のつくった国家安全保障基本法も、そのような構成になっている。つまり、自衛隊が4類型とは異なるような軍事行動に及ぶことがあるとして、その行為は法律違反に問われることがあったとしても、憲法上はどんな行為も全面的に合憲になるというのが、旧提言の趣旨であったわけだ。この種の報告書がつくられるとき、いつも「限定」したとか「制約」をもうけたとか言われるが(それが旧提言は4類型だったし、新提言でも何かのことはやると北岡さんは言っている)、集団的自衛権の全面容認という点では、ずっと一貫しているという印象を受ける。

 それなのになぜ今回、「全面容認」ということがそれほど強調されるのか。そこには、改憲勢力が衆参ともに多数を占めるに至った事態を利用し、できる限りのことをやってしまおうという意気込みが感じられる。もしかしたら、これまでは自衛隊の海外派遣に際しては、それを承認する個別の法律をつくってきたが、解釈改憲に成功し、特定の軍事行動が集団的自衛権に違反するかどうかという微妙な判断をする必要がなくなれば、そのような個別の立法は不要になるという判断があるのかもしれない。つまり、今後は、アメリカから求められたら、国会で何かの議論や判断なしに、ただちに自衛隊出動になるということでもある。(続)

2013年8月9日

 長崎の原水禁大会が終わりました。オリバー・ストーン監督効果ですかね、いつもより少し参加者も多かったかな、この連載も、本日で終わりです。

 当時のドイツと現在の日本では、かなり事情が異なる。まず、ドイツ共産党はワイマール憲法を敵視していたが、日本では現憲法擁護で一致点がある。社民主要打撃論には立たないという一般的な方針もある。政権共闘をすすめる一致点はないが、地方レベルとか課題ごととかでは、部分的な協力関係も存在する。

 だけど、麻生発言で考えなければならなくなったのは、政権が暴力的な弾圧を特定政党に各個撃破的に加えることになったときのことだ。自分たちは弾圧されていないが、別の政党が弾圧されているときに、その弾圧を自分への弾圧だとみなして、手を差し伸べることができるほどの関係があるのかということだ。黙っていたら自分は(当面は)弾圧されないが、手を差し伸べれば自分も収容所行きなのに、それでも助けるためには、そうとう高いレベルの信頼関係が必要だろう。麻生発言はジョークだからとみなすのなら、そんなことは考えないでもいいだろうが、麻生発言を本音だと位置づけるなら、そういうことも考えておかないといけない。

 実は、当時のドイツでも、中央レベルではほとんど信頼関係はなかったけれども、国民のなかでは、協力関係がすすんでいた。中央での共産党と社会民主党の対立をよそに、現場では共産党員と社会民主党員を中心にして、自警団や統一委員会がつくられる。その事務所ではレーニンとべーベルの像が掲げられていたそうだ。そして、それらが1932年には「反ファッショ行動委員会」へと発展していく。32年11月の選挙でナチスが議席を減らしたのは、そういう国民的な規模での闘いの反映だったといえる。

 けれども、それほどの国民の世論、運動があっても、ドイツにおいて中央レベルで党首会談がもたれるのは、手の打ちようがなくなった後のことだった。後の祭りだったわけである。その結果として他の政党も、国民運動も、いっきょに壊滅することになるのだ。中央の責任というのは、それだけ重たい。そのことを、ドイツ史は教訓として残していると思われる。

 翻って日本の問題だ。麻生さんの発言は、何としてでも改憲を成し遂げたいという執念があって生まれたものだと言える。ナチスの手口を参考に暴力的に襲ってこられたとき、他の政党や政党に属していない個人は、命をかけて自分をまもってくれるだろうか、それだけの関係を築いているのだろうか。麻生発言は、そのことを問いかけているのかもしれない。

 もちろん、現場ではいろいろな協力関係が存在する。だけど日常的に協力し合うという関係が存在しない中央レベルでは、ナチスの手口で各個撃破で来られた場合、特定の政党への攻撃を自党への攻撃とみなして、集団的に(いっしょに)反撃することができるのか(集団的自衛権みたいだけど)。護憲よりも日米安保の問題が大事だということで、護憲派の協力と連帯を後景に退けていないのか。他党が弱まったら、自党が護憲派において本流の地位を確固としたものにすると、喜んでいるようなことはないのか。

 麻生さんへの批判は大事だが、改憲勢力がもっともおそれるのは、護憲勢力が協力関係をつくることにある。思想信条を超えて、あるいは自衛隊への賛否を超えて、あるいは日米安保への態度を超えて、協力関係がつくられることにある。麻生発言を契機に、そこまですすむことができたら、この発言が何ものかを生みだすことになったと評価できるかもしれない。(完)

2013年8月8日

麻生さんの発言は、ドイツのワイマール憲法にかかわる問題だった。それが日本の憲法改正とからんでいた。だから、日本の護憲勢力が、ドイツの過去をどう見て、日本の護憲運動にどう生かすのかということも、この問題を考えるうえで欠かせない論点だと思う。

この問題では、ナチスによる全権委任法だとか、国会放火事件を口実としたドイツ共産党に対する弾圧だとか、そういうことが問題になる。当然のことである。もし自民党政府が、ドイツの手口に学んで、そんな手口で日本国憲法の改正に乗りだすなら、護憲勢力は結束して闘うことになるだろう(か?)。

ところで、ドイツに即して言うと、なぜナチスに反対する勢力が一致して闘うことにならなかったのであろうか。有名なマルチン・ニーメラーの言葉にあるように、共産主義者からはじまって社会主義者、自由主義者、宗教者と順番に弾圧されていったわけだが、なぜどの段階でも、弾圧される勢力が目の前にいるのに、他の勢力は声を上げ、立ち上がることをしなかったのか。

もちろん、ナチスの暴力のすさまじさに基本的な責任があることは承知の上である。しかし、それに対して協力し合って立ち向かうことにならなかったわけだから、協力しあわようともしなかった責任というものは存在する。結果は敗北に終わったかもしれないが、なぜ協力しあわなかったのかだけでも教訓にしておかないと、日本に生かすことができないのではないか。

1928年の選挙では、ナチスはまだ12議席だった。それが30年には107議席になり、32年7月になると230議席へと膨張する。危機感が充満する。

一方、社会民主党は、これらの選挙で一貫して百数十議席を獲得している。32年7月の選挙までは、政権第一党の座を確保し続けた。

他方、共産党は、28年には54議席だったが、30年に77議席、32年7月には89議席である。32年7月の選挙で社会民主党は133議席あったから、共産党とあわせれば222議席で、230議席のナチスと変わらなかったのである。

しかも、この段階で、国民のなかではナチスへの不安が生まれてくる。ナチスに230議席を与えた4カ月後、32年11月に行われた選挙では、ナチスは196議席に減少し、121議席の社会民主党、100議席の共産党の合計よりも少なくなる。これでうまくいけば、ナチスは一過性の運動になる可能性があった。

ところが、その段階でも社会民主党と共産党は、お互いを批判し合うだけで協力関係をつくれなかった。政権協力など問題外だった。その局面で、第一党であるナチスに組閣権限が与えられ、一挙にファシズムがドイツを襲うことになったのである。

そうなることは、国民多数は分かっていた。なのに反ファシズムの協力関係ができなかったのだ。(続)

2013年8月7日

ところで、ドイツがやったことと日本がやったことと、どこが違っていて、どこが同じなのか。この点は、よくよく考える必要がある。そこにある程度は通じる論理があったから、自民党は野党の追及をかわせたし、長期政権をになうこともできたのだと思う。

まず「侵略」については、罪の深さ、広さに変わりはない。その点は、最初にも書いた通り、国連憲章で一括して「侵略政策」をとった国々とされているわけであって、国際的にも共通の了解が存在している。共通してないのは、侵略の定義を勉強していない安倍さんとその取り巻きだけだ。

だから、ナチスと日本という比較が問題になった場合、自民党はすぐに「ジェノサイド」はしていないと言ってくるわけだが、それには乗らないことが大事である。議論の土俵を「侵略政策」に引き戻すのだ。

ただし、その際も、自民党は、他国に軍隊が行った点は同じだが、行った先でナチスのようにユダヤ人全滅をめざすようなことはしていないと言う可能性がある。しかし、まず殺害した「量」には違いがない。また、戦争遂行過程での殺害は、それが純粋に軍事目標に限られていれば問題にはならないが、日本の場合、戦争の邪魔になる他国の人びとを無差別に殺害したりするにいたったわけであって、欧米では「ジェノサイド」のおぞましさへの嫌悪感の方が強いだろうが、日本側の行為の「質」がましといえるものではない。「質」の違いは、侵略政策の罪の深さには影響をしないのだと考える。

では、そのジェノサイドにかかわる問題はどうだろうか。まず、日本がジェノサイドを肯定したり、推進したりしたわけではないことは、自民党の主張する通りであって、それは認めてあげてもいいと思う。

けれども、そういう政策の根底にある他民族に対する蔑視という点では、ほとんど変わらないものがあったのだと感じる。吉田茂のように、対米開戦に反対した人物であっても、満州の支配のためには邁進したし、その過程で書いたものなどを見ると、これほどまでに侮蔑的な表現をするものかと思わせるものがある。

実際に植民地として支配するにいたった朝鮮民族のことを考えると、それはいっそう明瞭になる。どこかで書いたことだが、他民族に言語や姓を押しつけるなど、何千年ものあいだ交流のあった国に対する所業としてはありえないことだ。ドイツがフランス人にたいして、ドイツ語とドイツ名の使用を強制することを想像すれば、それだけで分かることである。

そういう他民族蔑視が、ナチスのように「全滅」政策にいたらなかったことをどう評価するのか。あるいは、なぜナチスがそこまで行き着いたのか。それはそれで、諸科学が解明してほしい問題だと思う。

ただ、慰安婦問題をはじめ、日本が「人道に対する罪」を犯したこと、その罪は、「ジェノサイドの罪」や「侵略の罪」とならんで、国際刑事裁判所規程の4つの罪を構成していることは、疑えないことである。ジェノサイドをしてないという言い訳が、日本がその他の罪を犯していないということにつながるようなものなら、それは容認できないということになるだろう。

って、まだ書きたいことがあるのに、上中下が終わってしまった。明日のタイトル、どうしようか。