2018年5月22日

 若い頃、1980年代のことだが、民青同盟という青年団体の国際部長をしていた。共産党の「導き」を受ける組織ということで、いろいろ教えてもらって、それがいまの自分につながっているように思える。

 教えてもらったことの1つが「国際活動関係者の必読書」である。いわゆる「独習指定文献」のような公式のものではなくて、付き合いのある社会主義国の歴史と実態をリアルに知っておくための書物であった。

 例えばD.F.フレミングの『現代国際政治史』(全4巻)。あるいはフランソワ・フェイトの『スターリン時代の東欧』と『スターリン以降の東欧』などなど。

 公式の説明では、戦後の冷戦はアメリカが軍事同盟をつくり、それに対抗して社会主義の側も軍事同盟をつくることによって開始されたということになっていた。しかし、『現代国際政治史』は、それとはまったく別の、「どちらが悪い」というものとは異なるリアルな世界像を描いていた。

 あるいは、公式の説明では、東欧では戦後、人民民主主義革命を経て社会主義になったとされていた。しかし、『スターリン時代の東欧』と『スターリン以降の東欧』では、東欧を軍事占領したスターリンが、力の弱かった共産党にも政権に無理矢理参画させたのが「人民民主主義」で、暴力的に共産党一党支配の社会主義になっていく経過が描写されていた。

 なぜそんなものを読まされたのか。当時、共産党同士の付き合いがあって、相手に問題があるという場合も、それを公然と批判することはせず、内部で意見を述べるというやり方がとられていた。

 例えば、北朝鮮による青瓦台襲撃事件について、日本共産党が朝鮮労働党に対して批判的意見を述べていたことを知ったのは、両党関係が断絶して以降のことである。たとえ表だって意見をいう場合も穏やかなもので、このメッセージは北朝鮮の世襲制を批判したものだと説明されて読んでも、なかなかそうは読み取れないようなものであった。

 そういうことで、民青同盟とはいえ社会主義国の青年同盟を相手に仕事をしなければならないわけだから、オモテに出るだけのものを信じていてはちゃんと仕事ができないよということだったのだろう。実態をリアルに知っておけという「導き」だったと感じる。

 だから、若い頃から、社会主義というものに対して、あまり幻想を持たなかった。別の言い方をすれば、日本の共産党というものが、オモテに出ないところで、実はリアルに世界を捉えていることに関心もしたし、信頼もした。今にして思えば、本当なら、国際活動関係者ではなくても、読むべき文献として推奨したほうが良かったと思うけどね。

 なぜこんなことを書いているかというと、北朝鮮に関する本を書こうと思って、当時の「必読書」の1つだった『凍土の共和国』を再読しはじめたからである。その本については明日の記事で。

2018年5月21日

 先週までの連載の続きのようなもの。というか、米朝首脳会談まで何回も書くと思う。

 北朝鮮の「体制保障」が焦点となっている。連載でも書いたけれど、これが北朝鮮の体制を武力で倒すようなことはしないという意味なら、あまりにも当然のことであって、保障されるべきであろう。外部から体制転換を図るのは明白な内政干渉であって、許されることではない。

 しかしこれが金一族の支配体制の保障ということなら、それも別の意味での内政干渉になりかねない。ある国で誰が支配者になるかということは、その国の人びとが決めることであって、外部から干渉していいものではないからだ。

 ちょっと想像してみてほしい。あなたが北朝鮮の国民だとしたら、金正恩政権にどういう態度をとるのかということを。

 私だったらきっと、同志を募って革命政党をつくり、政権打倒をめざすと思う。もちろんそれは、私がこの日本で育ち、そういう思想を身につけているからであって、北朝鮮で生まれていたらどうなったかは分からないけれどね。

 だって、10万人を強制収容所に入れるような国なのだ。そんじょそこらの独裁政権とは比べものにならない。日本で「安倍辞めろ」とか「安倍打倒」と叫んでいるような人なら、北朝鮮に住んでいたとして、この体制を受け入れられるはずがない。

 その場合、革命運動が金一族の支配を脅かすまでに発展したとして、外国の人びとはどういう態度をとるべきだろうか。体制保障をするのかということだ。

 リビアでそういう事態になった時、アメリカはカダフィ大佐の側を空爆した。これは内政に対する重大な干渉であって、北朝鮮がそれを怖れるのは理解できる。

 しかしじゃあ、「体制保障」ということで、革命運動の側に対して空爆したとしたらどうか。それだって許されない内政干渉だろう。

 では、政権の側が革命運動に対する弾圧を強化し、強制収容所への政治犯の収容を倍加させたり、大量の流血の事態を引き起こしたりしたらどうなのか。それでも「体制保障」の約束に縛られるのかということだ。

 私が北朝鮮の革命政党の党首だったら、少なくとも「北朝鮮のことは北朝鮮の人びとに任せてほしい。経済援助で政権を延命させるのは内政干渉だ」という立場をとるのだと思う。まあ、程度の問題もあるだろうけれどね。

2018年5月18日

 米朝首脳会談をめぐる駆け引きが活発になってきた。残虐な支配体制の維持を究極の目標とする北朝鮮を相手にした交渉なのだから、物事が簡単に決着つかないのは当然であり、関係者の粘り強い努力を期待したい。

 それにしても第1外務次官の金桂冠がオモテに出てきたのはびっくりした。94年の枠組み合意、21世紀になってからの6か国協議が破綻する過程で、重要な役割を演じた人物ではないか。米朝会談が破綻したとしても北朝鮮の要求を貫くぞという決意を感じさせる。

 その金桂冠が、アメリカの大統領補佐官であるボルトンをやり玉に挙げていることは、今回の問題の裏側を象徴していると思う。とくにボルトンがリビア方式を求めているのを批判していることである。

 よく知られているように、リビアは核開発の初期段階にあったとされるが、2003年、核の即時・無条件の放棄を表明した。そして実際、核やミサイル関連の物質をアメリカに引き渡したのである。

 94年の米朝枠組み合意の際は、「行動」対「行動」の原則だった。そのため、ゆくゆくは核関連物質をアメリカに運び出すつもりだったが、その準備段階の「行動」としてアメリカが人を派遣して核物質をスチール缶に閉じ込め(危険な状態でおかれていたので安全を図るという目的もあった)、当面それを北朝鮮内に置いておくという方式をとったのである。ところが結局、その「行動」を北朝鮮が利用し、スチール缶内の核物質を取り出して核兵器を開発したのだから、リビア方式は譲れないところだと私も思う。

 北朝鮮が一番心配しているのは、リビアが核の放棄に応じたのに、最終的にはカダフィ大佐の支配体制が打倒されたことだろう。リビアの経過は詳しく分からない部分も多いが、欧米との関係を密接にしたことによって、自由を求める人民の運動が広がり(ジャスミン革命の影響もあったし、欧米が空爆して援助したこともあったが)、結局は、独裁体制が打倒されることになった。

 同じことが北朝鮮でも繰り返されたらたまらないということだ。一方、トランプさんは、リビアの体制を打倒するつもりはなかったのだと言っているようだ。

 しかし、トランプさんが金一族の支配体制を保障したところで、この連載で書いてきたように、北朝鮮が核開発を放棄し、欧米との関係を密接にすることは、結局は、金一族の支配体制を揺るがすような人びとの運動につながっていくのである。そのジレンマから北朝鮮が逃れようとしたら、核開発も続行し、残虐な支配も維持するという、現在のやり方にもどるしかない。しかしもはや、そういうやり方も永続するはずはないのだ。

 実は、トランプさんも、そこを深く読み切っているのかもしれない。体制の打倒などしないと保障しても、核開発を放棄させ、経済的な見返りを十分に与えたら、いずれは体制が崩壊するのだと分かってやっているのかもしれない。だとしたら、やはりノーベル平和賞級の業績になるかもね。

 流血の結末を避ける方法というか、金一族が助かる道は1つしかない。このまま米朝会談に応じて非核化を進め、まだ国際社会が成果を褒め称えている間に、そして人民の運動が高揚する前に(それを弾圧して欧米の世論が硬化する前に)、その微妙なすきまを見つけて受入国を見つけて亡命することである。

 北朝鮮をめぐる本を執筆したくなってきた。どの出版社か、いかがですか。(了)

2018年5月17日

 まあ、トランプさんが自由と人権を求めるアメリカの世論に屈して、体制保障を断念するようなことがあっても、それでも非核化を進める選択肢は残されている。日本がちゃんとした役割を果たせばいいのだ。

 もともと日本は、日朝平壌宣言において、核とミサイルと拉致が解決すれば国交正常化に踏み切り、大規模な経済援助をすると約束している。北朝鮮の人権問題を条件にしていないのだ。

 日本の政府も国民世論も、拉致問題が解決するならば、北朝鮮の人権問題には無関心なはずだ。中国の天安門事件があって、あれだけの学生が虐殺され、欧米が経済制裁を強めているなかで、日本だけは早々と制裁を解除し、弾圧者である中国政府との友好をうたいあげた実績がある。北朝鮮政府がどんなに残虐なことをやっても、日本政府ならそれを黙認できるはずだ。

 日本政府がそういう態度を北朝鮮問題でとったとして、野党も国民世論も、それを容認すると思う。日本で北朝鮮人権法が可決された時(2006年)、共産党だって、この法律に拉致問題だけでなく北朝鮮の人権問題一般が含まれていることを問題にし、それは北朝鮮の国内問題への干渉になるとして、法律の制定に反対した。ソ連と闘っていたときは、ソルジェニーツィン一人が言論弾圧されても、「それは国際問題だ」としてソ連を批判していたが、人権問題の位置づけがだいぶ変わったのである。

 かくいう私だって、朝鮮半島が非核化されることと、金一族のおぞましい支配がなくなることと、どちらか一方しか選べないと言われれば、前者に手を挙げるだろう。ただし、私がこの道を選ぶのは、北朝鮮の人権問題を国内問題だと捉えているからではない。重大すぎるほどの国際問題であるが、それを解決する道としてこれしかないと思うからだ。

 これまで圧力をかければ体制が崩壊するとタカ派の人たちは期待してきたのだが、その期待は寸分も実現してこなかった。外から締めつければ締めつけるほど、内部への締め付けが強化され、支配体制も維持されてきた。そういうやり方よりも、国交が正常化し、人びとの交流が活発になることこそ、北朝鮮の人びとが金体制を打倒する力になると思うのだ。

 ただ、この道を選ぶとなると、安倍さんは独自外交をやらなければならない。ブッシュ政権の反対を押し切って日朝平壌宣言に踏み切った小泉さん以上に、アメリカと対立してでも日本の利益を守る途を進まなければならない。その覚悟が問われることになるだろう。

 終わらなかったね。明日まで続ける。(続)

2018年5月16日

 北朝鮮の人権問題の実態はどういうものか。国連人権委員会(現在は人権理事会)特別報告者の報告では次のようになっている。

 憲法(建前)では国民無差別の原則がうたわれているが、よく言われている通り、実際には細かく分断されている。出自や党員かどうかや、その他による分断である。

 政治犯、イデオロギー犯になると法律にもとづき最高刑は死刑。そうならなくても強制収容所に入れられる。

 その際、連座制が水平的にも垂直的にも適用される。水平的にとはその家族まで罰されるということであり、垂直的にとは末代まで汚名を着せられるということである。

 逮捕されたもののうちかなりの数が、法のプロセスや裁判を受けることなく拘置所に送られる。そして拷問や強制労働を強いられる。

 教育システムは国家によって厳重に管理されている。子どもは国家に従属的になるよう教育され、批判的、分析的な思考を育てる選択肢がない。

 政府の許可なく外国の放送を聞くことはできない。政治上の反対意見は許されずに処罰される。国家の干渉を受けない本物のNGOをつくることはできない。

 脱北者について、政治的な理由でそれを選ぶものは当然のこととして、経済的な理由での場合でも、北朝鮮に移送されると迫害される。反逆罪とみなされ、収容、拷問、死刑が待ち受けている。子どもを産んだ場合、その子どもが殺されるz(異民族の血を入れないために)。

 まあ、この程度にしておこう。そうやって死刑にされずに強制収容所に入れられているのが、何回か前に紹介したように10万人だと推計されているわけだ。

 情報もないし、脱北者からの一方的な聞き取りで、そこまで言えるのかと問題にする人もいる。しかし、国連人権委員会による調査は何十年もの間に鍛えられていて、ある人から聞いたというだけでは断定せず、同じ場所にいた別の脱北者からの情報とクロスさせ、信頼性のあるものを抽出するのである。

 こうした情報が、朝鮮半島の非核化や各国との国交正常化の過程で、どんどんオモテに出て来ることになる。いまでは残してきた親族への迫害を怖れて顔を出せない脱北者も、今度はテレビの映像で語ることになるだろう。強制収容所の実態も出てくるかもしれない。

 大事なことは、非核化が進むとしても、金一族のこうした支配は変わらないことだ。金正恩が突然いい人になったから非核化が進むということではなく、残虐な支配を続けるために「譲歩」するということだ。

 それでもなお、トランプは、金一族を支え続けられるのか。それは他国のことで、朝鮮半島の非核化がもたらす利益には変えられないという態度をとり続けられるのか。それが問題なのである。明日が最後。(続)