2017年3月3日

 本日、お二人の対談の第1回目でした。夏までに出したい本のための対談です。タイトルをつけるとすると、以下のような感じです。

鳩山×柳澤対談本表紙案

 感慨深いものがあります。私が柳澤さんに初めてお会いしたのは、2010年の春頃だったでしょうか。ちょうど民主党政権ができる直前、柳澤さんは退職して、いわゆる天下り先にいました。「最低でも県外」を公約した鳩山政権の雲行きが次第におかしくなり、官僚の頃と違って自由に考えはじめた柳澤さんが抑止力を疑うようになり、一月末、朝日新聞に沖縄に海兵隊はいらないのではないかという論考を書かれたので、是非、お会いしたいと申し入れたのです。

 丁度その年の11月、沖縄県知事選挙が予定されており、伊波洋一さんが革新の候補者になるだろうと噂されていました。その噂をもとに伊波さんを訪れ、秋までに本をつくりましょうと合意し、その作業が進んでいました。それはやがて『普天間基地はあなたの隣にある。だから一緒になくしたい。』という本になります。

 ただ私は、伊波さんの闘いは困難だろうと思っていました。なぜなら、沖縄の革新共闘は安保廃棄の共闘だったのですが、当時、あれだけ米軍基地の重圧のもとにあって、そこからは逃れたいと思っていた県民も、安保を廃棄するかどうかと問われたら、多数は安保維持だったのです。

 だから、安保堅持の人が伊波さんを応援する構図が必要だと考えていて、柳澤さんの登場はピッタリだったわけです。安保維持の翁長さんがその4年後に知事になったことは、その方向は正しかったのだと思います。

 柳澤さん、まだ政府に足を半分突っ込んだ状態でしたから、申し出に悩んだと思います。しかも左翼出版社です。しかし、他の出版社からのオファーもなく(朝日の論考はすごいものだったのに、他の出版社が怠慢してくれていて、本当に良かったです)、弊社で本を出すことになりました。それが『抑止力を問う──元政府高官と防衛スペシャリスト達の対話』です。

 まあ、しかし、鳩山さんは「抑止力のことを学べば学ぶほど……」の声を残して県外移設を翻意し、やがて政権を追われるようにしてさりました。伊波さんは選挙に敗れ、保守県政のもとで、辺野古への移設が既成事実化し、現在に至っているわけです。

 そこを打開するためには、原点回帰が必要です。どうしても鳩山さんにその問題を総括していただく必要があると思いました。その思いが実って、因縁のお二人の対談になったわけです。これは弊社でしか出せないですね。

 この本を夏前に出して、その後、沖縄関連本を毎月連打するつもりです。なんとか流れを変えていきたい。執念を持って取り組みます。

2017年3月2日

 次に出そうと思っている本の原稿を書き始めました。いまのところのタイトルが上記です。いまのところの章構成は以下です。

一、戦争と平和は対義語か──政策論は楽しい
二、自衛隊は合憲か違憲か──法律論は楽しい
三、護憲派とはどういう人か──運動論は楽しい
四、矛盾に満ちた共産党の防衛政策を楽しむ

 なぜこんな変わったタイトルの本を出そうと思ったのか。最初のきっかけは、護憲運動に悲壮感が漂っているのを危惧したからです。少なくとも私の周りでは、そういう護憲派が増加しているように思えるのです。

 各地の「九条の会」などの護憲団体に招かれ、講演することがあります。講演会のあと、主催者と懇談する機会も多いのですが、その際、護憲運動の先行きについて心配している方々が多いことを感じます。ちょっとアルコールが入って、本音の議論ができるようになってくると、以下のようなお話しを伺うことが少なくないのです。

 「九条の会を創設して一〇年以上経つが、国会では改憲勢力が増えるばかりだ。一方、護憲勢力の側は、もともと退職した高齢者が中心だったのに、その同じメンバーが一〇年の齢を重ねている。このままでは、国民投票という大事な時に寝たきりになってしまい、抵抗できないかもしれない」

 ちょっとデフォルメしていますが、こんな感じでしょう。実際、命がけで護憲運動をやっているような人も多いのに、国会で護憲勢力(本書で書いていくように、誰を護憲派と定義するのかも難しくて楽しいんですが)がどんどん減っているのですから、こういう嘆きの声が聞かれるのも当然でしょう。運動の高齢化という問題についていえば、国会前でシールズが新安保法制をめぐって活躍した時期であっても、護憲を掲げた集会は高齢者が目立っていましたから、いまだ克服できていないのが現状です。

 でも、それだけだったら、本を書こうとまでは思わなかったかもしれません。やはり書こうと決意したのは、ある方から、護憲の全国組織の役員が集まった場での話をお聞きしたからです。そこに参加した憲法学者が、その場にいない別の憲法学者を批判したというお話でした。(続)
 

2017年3月1日

 日米安保のもとでも日本の独立と平和のために努力するという立場をとるというのは、それが可能だという立場をとることだ。安保のもとで独立と平和は訪れないという従来の立場と矛盾するのだ。それをどう乗り越えるのか。

 矛盾したものを抱え込むのは、自民党だったら日常茶飯事だが、野党にはあまり経験がない。だから乗り越えるのは簡単ではない。

 だって、共産党は「赤旗」などで、2月23日から開始されたシリーズのように、「安保条約の本質は侵略だ。このもとで平和と独立はあり得ない」というキャンペーンを張るのである。ところが一方、共産党の閣僚は、「安保のもとでも平和と独立に向かうのは可能だ」という立場をとるのである。

 一般論として考えているうちは、なんとかなると思えるかもしれない。しかし、具体的なことを考えると、目の前が暗くなる。

 例えば、民進党は核抑止力に依存する立場である。共産党はそれを否定する立場である。そこは曖昧にしておいて、「核廃絶に努力する」というような政策で一致させることで乗り越えようというのが、現在、考えられていることのようだ。

 選挙は、それで大丈夫かもしれない。だけど、じゃあ政権についたとして、国会の予算委員会をどう乗り切ることができるのか。

 民進党の首相は「核抑止力は当然だ」という立場をとるだろう。そこで共産党の閣僚はどうするのか。従わざるを得ないだろうね、閣内不一致では政権が持たないのだから。

 じゃあ、そうなったとして、共産党や革新懇や原水協は、その政権にどういう立場をとるのか。当然、そんな政権はおかしいという立場をとることになる。

 そうしたら共産党は政権から離脱するのか。まだ戦争法廃止ができていない状況で(徹底審議を要求されるだろうから、それを求めてきた野党政権としては、半年程度の審議はせざるを得ないだろう)、そんなことになれば、戦争法廃止が実現しないまま、解散・総選挙ということになる。

 こんなことを書くと、「そんな先のことまで、いま心配しているのはあなただけ」と言われちゃうんだけど、私が心配性なだけなんだろうか。でも、そこをちゃんと乗り越えられないと、社会党の二の舞になるんじゃないかと思うのだ。

 私は、社会党が安保と自衛隊を容認したこと自体、否定的には見ていない。問題は、ではそのもとでどんな防衛政策が可能かを、まったく議論していなかったというか、議論が必要だとも思っていなかったことだ。

 そこを克服するためには、安全保障政策こそ徹底的に議論する必要があると思う。安保の廃棄をめぐる問題とか、自衛隊は違憲だけどもすぐにはなくさないとか、そんな抽象的な理念ではなく、安保のもとでもここまではできるはずだという具体的な政策を議論する必要がある。国民の多くが「そうだ」と感じて、もし妨害されてその政策が滞るなら「安保廃棄もやむなし」と認識を変えるに値するような、そんな具体的な政策である。

 もし政権をとる決意が本物だということならばだけれどね。本日から東京。(了)

2017年2月28日

 いろいろ書こうと思ったけれど、話が複雑になるよなあ。そこで結論から書いちゃう。

 要するにこれまでのアプローチは、安保条約は百害あって一利なしだから、安保廃棄を国民多数派にして、国会の多数を占めて、アメリカに対して安保条約10条にもとづく廃棄通告を行うというものだった。そうすると、同じ10条に書いているように、条約は1年以内に終了し、そこではじめて日本の独立と平和が訪れるという考え方だった。

 だけど、そういう考え方だけに固執すると、もし安保容認の政権が続くなら、それは平和と独立を阻害する政権ということになる。だから、戦争法を廃止したあと、革新懇は、その政権を打倒の対象にしなければならなくなる。共産党が閣内にいようと閣外に出ていようと、そうしないと筋が通らない。

 でも、実際にはそうはならないだろう。例え安保容認の政権であっても、その枠内において、多少なりとも独立と平和に向かって努力するということになるのではないか。革新懇だって、それを後押しすることになるのではないか。日米安保の本質は侵略で、本質というのは変えることができないものだから、変える努力はしないという立場はとれないはずだ。

 例えば対テロ戦争。アメリカのやり方は間違っている。このままでは、ISに対する作戦の後方支援を求められることだって、あり得るものとして想定せざるを得ない。だから、アメリカを批判し、安保条約を廃棄して、日本がその間違いに加担しないようにするというのが、現在の考え方だろう。

 しかし、安保容認の野党共闘政権は、同盟国としてアメリカを批判し、説得し、やり方を変えさせるために努力するということになるだろう。そして、アメリカのやり方が変わらない場合も、日本はそれに追随することなく、独自に、本当に根源的な解決策を追求するということになるだろう。

 また例えば尖閣。現在の立場は、在日米軍の本質は侵略であって、日本防衛ではないというものだろう。だから、尖閣の防衛など、アメリカが関与することなどあり得ないということだろう。

 だけど、安保容認の野党共闘政権は、日本は専守防衛に徹して、アメリカの侵略には加担しない姿勢を貫くということになる。そして、在日米軍に対しては、尖閣防衛をはじめ日本防衛のために力を入れるよう求めるということになる。

 その努力の結果、本質は変わらなかったということで、やはり安保は廃棄ということになっていくのかもしれない。だけど、変えるために努力しないという立場はとれないだろう。でも、そうすると、新しい問題が生まれる。(続)

2017年2月27日

 先日、大阪のある革新懇で講演した際、考え込むことがあった。この記事のタイトルのことである。

 私は、野党共闘政権が対米従属を打開する展望についてお話ししたわけだが、ご存じのように、この野党政権は日米安保を認める政権なのである。だから、野党共闘政権を支持する私は、日米安保のもとであっても、対米従属を打ち破り、アジアの平和と安定をもたらす可能性を論じるわけだ。

 しかし、革新懇(正式には「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会」)は81年に結成されたが、その動機が社会党が79年に日米安保を容認するのを受けたことにあったように、安保を否定することが組織の核心だ。この「会」に参加できるのは「目的」に賛同する個人、団体であるが、その「目的」の柱になっているのが、「日米安保条約をなくし、非核・非同盟・中立の平和な日本をめざします」ということなのだ。安保があるかぎり、対米従属も打破できないし、平和な日本もつくれないと訴えてきた。

 だから、野党共闘政権が日本の独立と平和にとって意味があるという私の話は、とまどいを生み出したと思う。でも一方で、その革新懇も現在、野党共闘政権を支持し、実現のために全力をあげている。これまでだったら、安保を容認する政権が目の前にあれば、それだけで批判の対象だったのに、現在は推進する立場なのだ。

 日米安保が諸悪の根源だということは批判しつつ、野党共闘政権は戦争法廃止と立憲主義回復に意味があるのだということになっている。いや、言葉では、何とでも言える。だけど、実際にお話しする立場に立つと、それを両立させることは簡単ではない。

 例えば、戦争法を廃止したとして、その後、革新懇は野党共闘政権を批判する立場に回るのだろうか。あるいは共産党は、そこで政権から退き、解散・総選挙を求めるのか。次は安保条約を廃棄する政権をめざすということになるのか。

 筋論から行くと、そうなるだろう。だって、安保があるかぎり、意味のあることはできないという立場でずっとやってきたのだから。23日に「赤旗」で「「日米安保第一」を問う」というシリーズが開始されたが(1回で終わりかな?)、その論調もそのようなものだった。「そんなヒドいものだったら容認する政権をいつまでも支持できないよね」と感じさせるものだった。

 でも、果たしてそうなのか。なんだか、そもそもの発想というか、アプローチの仕方そのものを根本的に見直さないといけないように感じるのだ。まったく新しい事態に直面しているわけだから。(続)