私たち非正規保育者です

私たち非正規保育者です

東京の公立保育園非正規職員調査から見えてきたもの

監 修

垣内 国光・高橋 光幸・小尾 晴美

非正規保育労働者実態調査委員会:編

ISBN

978-4-7803-0785-6 C0036

判 型

A5判

ページ数

108頁

発行年月日

2015年08月

価 格

定価(本体価格1,200円+税)

ジャンル

保育・子育て

東京都内公立保育園の非正規職員に関する自治体調査と非正規職員の個別アンケー卜調査を日本ではじめてとなる規模で実施。アンケー卜内容は、非正規職員の制度の問題点・課題、労働実態、労働条件、要求など。その調査をふまえて非正規だけではなく保育者の働き方や保育を考える。東京の問題だけでなく、全国の保育者に是非読んでいただきたい1冊。

第1章 公立保育職場の非正規化をどう見るか(垣内国光)
 1. なぜ、非正規保育者が増えたのか
 2. 非正規保育者の現実
 3. 非正規保育者問題が問いかけること
 4. 求められる国民的な議論
第2章 非正規保育者の雇用と労働の現実
     ─『東京の公立保育園における非正規職員の実態調査報告書』から はじめに(小尾晴美)
 1. 非正規保育者の賃金と雇用形態、雇用不安
  1)単身では生活が苦しい賃金水準
  2)非正規保育者の雇用期間と雇用不安
 2. 非正規保育者のストレスと疲労(義基祐正)
  1)非正規保育者の疲れ
  2)非正規保育者の抱えるストレス
 3. 保育園での仕事の分担と仲間(小尾晴美)
  1)「保育補助」という位置づけの非正規保育者
  2)求められる役割とやりがいとの間で葛藤する非正規保育者
  3)おわりに
第3章 正規と非正規の連携を考える
     ─力をひとつに保育をすすめるために─
 1. 誇りを持って働き続けたいからこそ ~非正規保育者の視点から~(三井文代)
 2. わかり合って保育する幸せ~正規保育者の視点から~(伊藤真咲)
 3. 公立の保育実践をたかめるために私たちにできること(岩下和江)
〈コラム1〉あきらめないで~中野区非常勤保育裁判から~(岩下和江)
〈コラム2〉保護者も連帯したい!~保護者の視点から~(武田 敦)
第4章 現在を変え、未来をつくる
     ─非正規保育者の問題から考える保育運動の課題─(高橋光幸)
 1. 非正規労働者問題と非正規保育者
 2. 非正規保育者問題を解決するための3つの課題
 3. 非正規保育者の問題を解決する2つの視点
 4. 制度・政策などにかかわる具体的な運動
〈コラム3〉非正規保育者の賃金・労働条件を改善するため、「7・4公務員部長通知」を活用しよう!(今井文夫)
おわりに(高橋光幸)

本書を発行できたことに深い感慨を覚えます。初めて非正規保育者をテーマとする本が出版されたということもありますが、それ以上に、本書がこうしてこの世に生まれ出るまでにどれほど多くの公立保育園職場の非正規保育者の労苦があったか、思いを馳せないわけにはいかないからです。現場にかかわる人であれば、行政マンであっても研究者であっても、また労働組合の活動家であっても、非正規保育者の存在を知らないなどということはあり得ません。全国的にはすでに公立保育園の正規保育者は少数派であり、非正規保育者なしに保育が成り立たないことは周知の事実です。自己批判を含めての話ですが、公立保育園における非正規問題が積極的に取り上げられることは、一部の労働組合を除いてほとんどなく、見て見ぬ振りをされてきたと言っても過言ではありません。実は、この本の基となった調査を最初に提起したのは、本書でも執筆されておられる岩下和江さんです。長く非正規保育士をされてこられ、実践力量の高い保育者として知られた方です。その岩下さんから、非正規保育者の生の声を取り上げて実態調査をしたいとお申し出があったのは2011年のことです。岩下さんの思いの深さを知るのはずっと後になってからのことですが、その時のことは今でも鮮明に覚えています。保育現場の現実を突きつけられた思いがしたものです。思い返すだけでも恥ずかしいのですが、私が最初に岩下さんに申し上げたのは、大規模な調査になって大変でお金もかかるので、もう一度よく考えていただきたいということでした。しかし、岩下さんの決意はかたく、やがて調査のプロジェクトが組まれることになりました。プロジェクトは発足できたものの順風満帆というわけではありませんでした。次から次へと難題が生じ、メンバー間の意志の一致さえそう簡単なものではありませんでしたが、岩下さんは一度もひるむことなく、いつも穏やかで冷静でありながら確固としていて、プロジェクトメンバーを督励し続けました。岩下さんの思いなくして、本書は成り立たなかったと言わざるを得ません。もし、非正規保育者の声を多少でも本書に反映することができたとするならば、岩下さんの岩をも貫く思いが通じたからだと言うほかありません。研究者として、このようなプロジェクトにかかわることができたことを心から誇りに思います。岩下さんに心から感謝申し上げます。岩下さん、本当にありがとうございました。そして、お疲れさまでした。本書が、現代日本の保育者の労働環境を改善することにいささかでも寄与できるならば、嬉しく思います。

2015年7月1日執筆者を代表して 垣内国光

「○○ちゃん、自分だって同じことされたらいやでしょ。自分がされていやなことは人にもしちゃダメなのよ」こうやって保育者が子どもに語りかける場面は保育園の日常の光景です。これは確かに正しいですし、子どもはだいたい4才くらいから「他者の心を推察する力」、いわゆる「心の理論」を獲得するといわれますから、こういう保育者のことばは4才を過ぎた子どもには説得力があります。沖縄の人たちは沖縄に米軍基地はいらないと主張しています。福島の人たちは原子力発電所はいらないと主張しています。そして、「戦争をする国」への転換を許さない運動が全国各地に広がっています。多くの国民は、沖縄県民や福島県民の痛みを感じとり、その思いに共感しながら、平和憲法を守ることを支持しています。それは私たちが「心の理論」を有しているからです。しかし、政府はそんな声に耳を傾けようともせず、米軍基地の辺野古移転を撤回せず原子力発電所の再稼働を強行し、戦争できる国への準備を進めています。彼らに「心の理論」があるのか疑いたくなります。ただし、私たちの「心の理論」も、ちゃんと機能しているか、常に点検する必要があります。正規保育者は「あの人は非正規のくせに…」と思ったりしていないか、非正規保育者は「あの人は正規だからと言って…」と愚痴ったりしていないかと…。国民の目を眩ませる、これは権力の常套手段です。隣国の脅威に対抗するには米軍の基地がなければならない、必要なエネルギーを確保するためには原発の再稼働が必要不可欠、同盟国とともに戦わなければならないなどの主張はその典型です。今、保育現場で正規も非正規も疲弊しているのは、低い保育予算や最低基準が改善されず、公立保育園の民営化や正規から非正規への置き換えがすすむなど、国の保育政策によるものです。しかし、私たちはついついそれを忘れ、正規と非正規の対立という構造の中に埋没してしまいがちです。それは、私たち102おわりにの「心の理論」もまだまだ不十分だからです。正規は非正規の人たちの思いに、非正規は正規の人たちの思いに、それぞれが思いを寄せてよくよく考え、同時に、国の保育政策や自治体の保育施策に目を向ければ、何が問題で、敵はどこにいるかが見え、正規と非正規が対立している場合ではないことに気づくはずです。実は、この調査の中でも、正規と非正規の対立、保育者と研究者の対立など、二項対立の構図に陥ることがありました。作業が大変になったり、忙しすぎると、私たちは互いの立場を理解するのが困難になるのです。そんな中、私たちはたくさん議論し、「対話」を繰り返してきました。その中で、立場の違いや共通する思いを理解し合い、一致点を積み重ねながら、報告書の作成、そして、この本の作成につなげていきました。この調査委員会が歩んできた道は、これからの保育運動が歩んでいかなければならない道でもあります。正規と非正規が理解し合い、公立と民間が理解し合い、派遣や委託の保育者ともつながって、この国の保育者の労働条件を改善し賃金を向上させる運動が広がれば、いつの日か、同一労働同一賃金を獲得し、正規、非正規という垣根も取り除くことができると思います。だから、今、私たちは「心の理論」をフルに使って、相手の立場を考え、理解し合わなければならないと思います。この本がそれに少しでも貢献できることを願っています。この調査は、多くの自治体関係者と非正規保育者、そして、自治労連に加盟する労働組合の協力がなければおこなえませんでした。まず、その方々にお礼を申し上げます。そして、岩下和江さん、三井文代さんという2人の非正規保育者が、非正規の現状を変えるために奮闘してこなければ調査そのものが実現できませんでした。2人の熱意と努力に敬意を表します。具体的な調査や分析は、小尾晴美さん、義基祐正さんという若い研究者がいなければ不可能でした。特に報告書の主要部分をひとりでまとめ上げた小尾さんは、文句なくMVPの働きぶりでした。正規と非正規、保育者と労働組合、それぞれの橋渡しの役割を果たしてくれた伊藤真咲さんと今井文夫さん、首都圏青年ユニオンや自治労連の業務を抱えながら事務局長の重責を担ってくれた武田敦さんにも心から感謝します。そし103て、出版の機会を与えてくださったかもがわ出版のみなさん、特に、これで私が関係する本のうち3冊を仕上げてくれることになった中井史絵さんには、これまでのことも含めてお礼を申し上げます。最後に、調査委員会のキャップの垣内国光さん。会議の後、必ず飲みに行き、いつも一番多く飲み代を負担してくれた他、報告書の作成や記者会見など、いろいろとご苦労、ご面倒をおかけしました。なかなか進まず沈滞ムードが漂ったときも、ビールを片手に「全国の非正規保育者のネットワークができるまでがんばろう!」と熱く語ってくれたことがここにつながり、このような形で結実しました。本当に感謝しています。調査報告書とこの本は完成しましたが、非正規保育者の運動はまだまだ始まったばかりです。垣内さんがいうような全国の非正規保育者ネットワークの設立を当面の目標に、全国各地で非正規保育者の雇用不安の払拭や処遇改善の運動がさらに発展し、正規も非正規も安心してたのしく働ける保育園を増やすために、微力ながら、私も奮闘していく所存です。最後に、この本を手に取り、ここまで読んでくださった読者のみなさん、それぞれの地域、職場で、正規と非正規の保育者が手を携えて、子どもたちのため、保護者の方々のため、そして、自分たちのために、よりよい保育を追求し、そのための運動も前進させてください。この本には、まだまだ不十分な点がたくさんあると自覚しています。今後、たくさんの方々からご意見、ご批判をいただいて、内容を深めていきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。パウロ・フレイレは、「愛は対話の基礎であり、同時に対話そのものである」と言います。そして、「人が人に抑圧されている状況に本当の愛はない。だからこそ、この抑圧状況を乗り越えることによってはじめて本来の愛を取り戻すことができる。」と続けます。私も、「本来の愛を取り戻すこと」「抑圧状況を乗り越えること」が私たちの運動の基本だと思います。愛のために奮闘しましょう。

高橋 光幸

垣内 国光
明星大学人文学部教授
 
高橋 光幸
東京都墨田区保育士、自治労連保育部会・事務局長、全国幼年教育研究協議会・集団づくり部会世話人
 
小尾 晴美
東京学芸大学非常勤講師

関連書籍・記事

プロの保育者してますか?

プロの保育者してますか?

社会福祉労働の専門性と現実

社会福祉労働の専門性と現実

「クラスだより」で響き合う保育

「クラスだより」で響き合う保育