2018年9月7日

 忙しい。だから、『北朝鮮というジレンマ』の「第四章 ジレンマの克服」の書き出しで、お茶を濁します。

 *二〇〇二年九月一七日、平壌百花園迎賓館
小泉純一郎「お国は、戦争準備をやめて経済発展に力を入れるべきだ。そのためにも核問題について約束を守っていくことが大切だ」
金正日「核の問題は、朝米の問題だ。日本と話す問題ではない。米国は約束を守らない。米国が朝鮮と関係改善しようという意思は一%もないのではないか。朝鮮を『悪の枢軸』と言った。戦争か、話し合いか。われわれは実際に戦ってみないといけないと思っている。しかし、常に門戸も開いている。日本は、米国の同盟国だ。米国と最も信頼関係のあるアジアの国だ。日本のリーダーである小泉総理に、問題解決のために努力してもらいたい」
小泉「アメリカからは私の訪朝について懸念する声もあった。しかし、米朝関係が緊迫しているからこそ、日本がやるべきことがあると考えている。それをやるためにも、日本にとって一番大事なのは拉致問題の解決だ大事だが、それはどうなっているのか」
金「朝日関係を正常化する上で解決すべき基本問題は、過去の清算。日本側の真剣な対応を望む。日本側が提起した問題だが、行方不明者のうち八人が死亡したが、五人が生存していることを確認した」
小泉「とんでもないことだ。行方不明者ということで片付かれては困る。お国がやったことだろう」
金「特殊機関内の一部の者が英雄主義に陥ってついやったことだ。自分としては、この場で遺憾なことであったとおわびしたい。このようなことが二度と起きることがないように適切な措置を取ることとする」
(各種の報道、情報からの筆者による要約と推測)

 *直後の「三階書記室」(労働党委員長書記の部屋のこと)  
姜錫柱(カン・ソクジュ)第一外務次官「小泉の平壌訪問を前にして、会談内容をめぐり、何回か協議したが意見がまとまらない部分があった。小泉は日本人の拉致問題の解決なしには、一歩も前に進めないという立場にこだわった。この問題でわれわれが譲歩すれば、日本側も譲歩するという説明を受けた。金正日総書記は、会談前には、自分から拉致問題に言及することは避け、会談の合意文にそれとなく拉致問題を書き込む妥協案を胸に抱いていたが、経済支援を得るために、仕方なく拉致問題に自分から言及することになったのだ」
太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使の内心「日本チョッパリ(豚の足、日本人への蔑称)に、わが国の指導者が謝罪するなど、想像もできないことだ」
姜「日本の首相から反省と謝罪を引き出すことは、南の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領さえできなかった。しかし今回、日本は北朝鮮に対して、経済支援方式での戦後補償を約束した。少なくとも一〇〇億ドル(一兆円)は入ってくるのだ」
太「胸が高鳴った。外務省の同僚たちも、興奮した様子だった。巨額で、重要なカネだと話し合った。北朝鮮の経済発展は、すぐ目の前にある」
(五味洋二「脱北元公使が明かす『日朝平壌宣言』の舞台裏」東洋経済オンライン(2018/05/22)による太永浩『3階書記室の暗号』の紹介文からの筆者による要約と引用)

 北朝鮮はこれまで、青瓦台襲撃事件(一九六八年)、ラングーン事件(一九八三年)、大韓航空機爆破事件(一九八七年)など海外で次々と大事件を引き起こし、多くの人びとを殺傷してきた。しかし、それらの事件について一度たりとも謝罪したことがないどころか、事件を引き起こしたのが自分だと認めたことさえない。けれども、その唯一の例外が小泉純一郎首相(当時)が訪朝した際、金正日が国家による拉致を認め、謝罪したことであった。当時、アメリカのブッシュ大統領は、北朝鮮がウラン濃縮による核開発をしているとの疑惑を抱いていた時期だけに(実際、小泉訪朝の翌月、北朝鮮はアメリカにその事実を認め、九四年枠組み合意は崩壊に至ったことは、第一章で述べた通りである)、日本が北朝鮮に宥和政策をとることを懸念していた。つまり、アメリカの思惑通りに動くという日本外交の常識を覆したことによって、北朝鮮による史上初の謝罪が実現したのである。あの時、小泉氏が訪朝しなかったら、拉致問題はいまだ闇の中だったかもしれない。
 そう、「北朝鮮というジレンマ」から脱却するためには、外交の常識を逆転させることが必要なのかもしれない。トランプと金正恩だって常識外の指導者だから、今回の合意に至ったのかもしれないし。