2017年5月9日

 先月、歴史認識をめぐっていくつか講演したのだが、その参加者からメールで質問があった。慰安婦問題で、日本が植民地支配した韓国と、戦争で占領した中国や東南アジアでは、慰安婦問題も異なる性格を帯びることになると述べたのだが、それに関する質問だった。

 占領地では日本の法律がそのまま適用されないので(占領地の法律を尊重することが義務づけられるので)、現地の人がいやがるようなことをしようとすると、いきおい軍による「強制」という問題が生じる。だから強制連行の証拠もいろいろ出てくる。しかし、朝鮮半島は日本の植民地であって、日本の法律が適用されていた地域だった。抵抗運動を武力で弾圧し、次第に支配が深まっていった。だから、軍が「強制連行」する必要はなくなっていったということをお話ししたのだ。

 これは、占領地と比べて、日本が優しかったということではない。そういうこととは関係がない。日本の植民地支配がそれだけ深かったことのあらわれであって、「強制連行」の証拠が出てこないからといって、喜べるような話ではないのである。

 メールで質問されたのは、じゃあ、朝鮮半島と同じ植民地支配だった台湾はどうなのだということである。台湾にも慰安婦はいたが、韓国と同じようには問題になっていないように見える。その理由は何なのだということだった。確かに、台湾の慰安婦問題は、河野談話とアジア女性基金によって、大きな政治問題になることは終わった。

 私は韓国や北朝鮮と異なり、台湾には行ったこともないし(空港をトランジットで通過したことはあるが)、実証的なことが言えるほど勉強したこともない。だけど、こうじゃないかなと感じることはある。

 それは一言でいえば、日本の支配が絶対的なものか、相対的なものかということだ。支配の中身、やり方は同じだっただろうが(同じ日本がやるのだし)、それを受けとめる側の感じ方にそういう違いがあったのではないかということだ。

 韓国は、他の周辺諸国と同様、中国との関係にいろいろ微妙なところはあったけれども、植民地として支配してきたのは日本が唯一である。いまや植民地支配は絶対悪になっているわけだが、それを嫌う気持ちは日本に向かうしかない。

 一方の台湾は、国際法的には中国の一部ということになっているが、法律というのは形式に過ぎない。実態とは異なる。その実態を見れば、もちろん大陸から移住した漢民族が多数を占めているといっても、少数民族も少なくないし、漢民族だって自分たちが大陸国家の一部であるという国家意識は希薄だった。いま、独立をめざす人々も多いわけで、さらに希薄になっている。

 ということで、台湾の人々には、日本の統治時代と中国の統治時代を比べるという視点があるように思える。相対的に見るということだ。それが韓国の慰安婦問題との違いを生み出しているのではないだろうか。

 これは東南アジアの人々が、イギリス、フランス、オランダに統治された時代と日本に統治された時代を比べるのと、同じような感覚だろうか。どうなんでしょうね。