2015年8月20日

 さっき、『安倍談話の裏表』を印刷所に入れた。趣旨が伝わりやすいから、ずっとこのタイトルということにしていたけれど、少し前、いろいろ考えて、サブタイトルとメインタイトルを入れ替えた。だから、正式には、『歴史認識をめぐる40章──「安倍談話」の裏表』となる(表紙画像)。

さよなら安倍/安倍談話・表紙(帯あり)

 先月、『歴史認識とは何か』(新潮選書)、『「歴史認識」とは何か』(中公新書)と、偶然にもほぼ同じタイトルの本が出ている。前者は著者が細谷雄一さんでもう6刷り、後者は著者が大沼保昭さん(聞き手は江川紹子さん)で、発売と同時に増刷が決まったという。私の本のタイトル変更理由を、そのタイトルに則していうと、表(建前)は、中身に即したタイトルにするということで、裏(本音)は、売れている「歴史認識」本に割って入りたいということかな。

 昨日、職場を休んで、最後の仕上げをしたのだが(自社の本を書くのに休暇というのも変な感じ)、映画「日本のいちばん長い日」も観に行った。仕上げに際して、何か刺激になるようなものがあるかなあと、少し期待して。

 それにしても多数の人が観に来ていた。昼間、高槻の映画館にいったら、「もう満席です」といわれたので、ネットで予約した上で、夕方、茨木の映画館へ。そこも満席にはなっていなかったけど、たくさん入っていた。みんな、「歴史認識」を考えているんだろうなあ。勉強したいと思わせたのだったら、安倍談話にも効果があったということか。

 映画は、ドラマとして面白かった。主役の役所広司がなかなかで、そうだよな、ああいう終戦を迎える上では、陸軍大臣の役割が大事であって、求められるものを演じきったという感想。昭和天皇の玉音放送を阻止しようとした反乱将校役の松阪桃李もいい役者だなと思わせてくれたが、映画を成り立たたせるため実際の反乱より大きく描いているので、そこのリアリティが気になった。

 それよりも、冒頭に、終戦の「聖断」を決断するに到る過程が描かれるのだが、東京をはじめ各地への空襲、ソ連の参戦、原爆投下とつづくけれど、「沖縄戦」はどこにも出てこない。「本土決戦だ」「本土決戦だ」と、出てくるのは「本土」ばかり。

 これは原作者の半藤さんの責任ではなくて、実際、半藤さんが関係者にいろいろ取材しても、その関係者の口から、「沖縄」のことは出てこなかったのだろうな。沖縄県民がどんなに命を失っても、そのことが日本の戦前の指導層に何の影響も与えなかったことは悲しい。

 そういう感覚を、いまの指導層も受け継いでいるんだよね。そのことが映画の最初に気になったため、最後まで気持ちを投入できなかった。残念。