2017年2月1日

 昨日、共産党中央委員会の建物の中では、「サンデー毎日」がかなりコピーして出回ったとか。中には、コピーを配りながら、「松竹が共産党との対決姿勢に転じた」などと煽るヒマ人もいたみたいですね。そんな底の浅い人(一部だと信じますが)に支えられる中央委員会の将来って、大丈夫なんでしょうか。ま、私が心配することではないので、気にせず、連載に戻ります。

 「安保と自衛隊に対する共産党の独自の立場を野党共闘に持ち込まない」。何回も引用したが、実際の場面のことを想定すると、そう簡単ではないことだ。

 野党の実務者による政策協議が始まってるが、まだ安全保障政策までは行き着いていないようである。そこには、原発その他、大事な問題の協議を先行させる必要があるという事情があるのだろうと思う。それは当然だろう。

 同時に、安保と自衛隊をどう協議していくのか、あまりにも横たわる違いが大きすぎて、どの野党にも見えていないこともあるのではないか。どう手をつけていいか分からないということだ。

 ただ、「独自の立場を持ち込まない」とすでに宣言していることは、とっても重たい意味を持つ。安保や自衛隊に関して何かを主張すれば、「それは独自の立場ではないか」「持ち込まないと言ったではないか」と反論されるわけだから。

 だからというわけでもないが、究極の選択肢としては、独自の主張をせずに(したとしてもうまくまとまらなければ引っ込めて)、民進党の政策を丸呑みすることだって考えなくてはいけない。まあ、その民進党の安全保障政策は何かが、そもそもまとまっていないから困難も増幅するのだが。

 その場合、安全保障政策における自民党と野党共闘の違いは何かという問題が大事になる。「違う」ものを提示しないかぎり、選挙にならないからね。

 おそらく、自民党の政策は、新安保法制に代表されるように集団的自衛権の方向だという位置づけになる。そして、野党共闘の安全保障政策は、新安保法制を廃止し、それ以前の自民党の政策水準に戻すという位置づけになる。

 これはこれで、大事な対決点になると感じる。自民党から「野合」批判があっても、「あなたがたの何十年にわたる政策と同じだ。どこが問題なのだ」と開き直ることができる。

 そうやって、うまくいけば、新安保法制をどうするかということ以外では、安全保障政策の対立点をなくすわけだ。そして、選挙の争点を経済と貧困・格差にシフトさせるわけだ。

 その上で、野党間で、安全保障政策をどうするのか、ちゃんと腰を据えて議論すればいいのではないだろうか。まあ、一つの選択肢に過ぎないが。