2018年2月23日

三、外国との単純な比較はできない

 裁量労働制を推進する人たちは、欧米でもホワイトカラーは労働時間規制の範囲外にあるという。「この問題についても先進国の例をみると、アメリカのエグゼンプトとフランスの力ードルを挙げることができる」(保原・前掲論文)。

 まずこの点では、わが国においても、すでに管理監督者が労基法の時間規制の枠外おかれていることを、指摘しなければならない。この対象となる管理監督者は、労働省の通達によっても「経営者と一体的な立場にある者」とされ、本来きわめて限定された概念である。しかし実態をみれば、企業の課長クラスは、ほとんどが包含されている。

 労働省の「賃金構造基本統計調査」によれば、管理職等の従業員にしめる比重は、部・課長で8・5%である。また、労務行政研究所の調査(「時間外割増率と営業、役職者の時間外の取り扱い」『労政時報』3096号)によれば、係長であっても時間外手当が支給されていないものが12・7%もおり、これらの係長も通達の時間規制をされていないので、日本でも労働者の10%程度は、労基法の時間規制の枠外におかれていると推測されている。

<管理職の働き過ぎが問題になるアメリカ>

 アメリカのホワイトカラーについていえば、公正労働基準法によって二種類の適用除外者(エグゼンプト)があるが、日本と大きく異なるわけではない。適用除外の一つは「管理的、運営的もしくは専門的地位において使用される被用者」であり、もう一つは「外勤セールスマンとして使用される被用者」である。

 まず後者であるが、外勤セールスマンは、わが国においても、すでにのべた事業場外労働の「みなし時間制」の対象であり、それが適用されれば労基法の通常の労働時間規制をうけない。

 前者についてみても、管理的、運営的な被用者といえば、両国の法律上の概念の違いはあろうが、日本での管理監督者のことである。専門的な被用者にしても、これまで日本で裁量労働制の対象となってきた「研究開発の業務その他の業務」と大きく変わるわけではない。

 したがって、実際に労働時間規制の適用除外をうけているホワイトカラーの数にも、本質的な違いはない。中窪裕也氏が紹介するアメリカ労働省の統計によれば、1989年時点で、民間部門の労働者のうち、管理的、運営的、専門的な被用者のしめる割合は14・8%である(「アメリカの適用除外とカナダの二段階規制方式」『日本労働研究雑誌』399号所収)。日本では管理監督者が10%、アメリカの専門的被用者にあたる「研究開発の業務その他の業務」で働く労働者は、前出の5業種で約186万人、全就業人口の3%(90年国勢調査の推計値)で、実際はアメリカとほとんど変わらないといえる。

 しかもアメリカでは、年俸制で裁量的に働くホワイトカラーの働き過ぎが問題になってきている。『日経ビジネス』誌(92年11月16日号)で、米ハーバード大学のある助教授は、「平均的な米国のビシネスマンが午後5時に帰宅して庭の芝刈りをする光景は、過去のものとなった。今や午後7時過ぎに疲れきって帰宅し、持ち帰った書類の作成し、週末も出張でつぶしている」「現在のように年俸だけを規定する契約では労働時間が際限なく長くなる。政府の規制で年間労働時間を盛り込むべきだ」とのべている。

 こうしてアメリカでは裁量労働制につうじる年俸制が問題になリ、労働時間にたいする政府の規制が求められているときに、日本ではホワイトカラーへの裁量労働制をひろげ、時間規制からはずそうとしているのであり、逆行以外の何ものでもない。

<厳格な歯止めのあるフランスの事例>

 フランスでは、ホワイトカラーは事務員、テクニシアン(技術員)、職工長、力ードル(幹部職員)、エンジニアーに分けられるという。このうち力ードルが、裁量(請負)労働をおこない、時間外労働規制の枠外にある者として典型例といわれている。しかしカードルの割合は、88年の政府統計によっても、雇用労働者総数の11%であるとされ(「時間外労働の国際比較と日本のあり方」神代和欣『労働法学研究会報』1879号所収)、日本の管理監督者どほぼ同じ割合である。

 しかも、この力ードルも、上級の幹部職員と一般の幹部職員にわけられ、後者の場合は「賃金支払い明細書に包括的な賃金に対応する労働時間数が記載され」「この時間数を超過すると、超過勤務時聞の割増賃金支払いに関する諸規定が適用される」といわれている(「フランスの年単位変形労働時間制と幹部職員の労働時間管理」小宮文人『日本労働研究雑誌』399号所収)。わが国の裁量労働制のように無制限ではないのである。

 またフランスでは、この裁量労働制が他のホワイトカラーにひろがる傾向にあるともいわれている。しかしこの場合、条件はさらにきびしくなる。賃金が残業手当を含んだものと同等かそれ以上であり、本人の承諾を得るという「二つの条件をカバーすれぱ法的に認められている」(「フランスのホワイトカラーのキャリアーと労働時間」鈴木宏昌『季刊 労働法』165号所収)のである。

 さらに、判例上も、割増賃金を支払う義務のないのは力ードルだけであり、「請負労働の仕事の量が多すぎ、残業をせざるを得ないテクニシアンなどの場合、所定外労働を請求する可能性はある」(同前)のである。

 外国の例をもちだして裁量労働制をひろげようとするのは、かえって日本の裁量労働制の特異性をうきぼりにするだけである。裁量労働制の無制限な拡大を許さないために、今後ともたたかいをつよめていかなけれぱならない。(了)