2013年8月29日

 潘基文国連事務総長の発言が問題になっていた。しかし、特定の国に対するものではなかったということで、日本政府は鉾をおさめることになったようだ。

 この問題に関連して、国連事務総長は中立であるべきなのに、それに反した発言だという趣旨の批判があった。それで調べてみたのだけれど、国連憲章で事務総長の任務を規定した条文の中で、「中立」という文言はない。以下ですべてである。

第98条〔事務総長の任務〕
 事務総長は、総会、安全保障理事会、経済社会理事会及び信託統治理事会のすべての会議において事務総長の資格で行動し、且つ、これらの機関から委託される他の任務を遂行する。事務総長は、この機構の事業について総会に年次報告を行う。
第99条〔平和維持に関する任務〕
 事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる。

 一方、続く第100条〔職員の国際性〕では、「事務総長及び職員は、その任務の遂行に当って、いかなる政府からも又はこの機関外のいかなる他の当局からも指示を求め、又は受けてはならない」とある。それに続いて、「事務総長及び職員は、この機構に対してのみ責任を負う国際的職員としての地位を損ずる虞のあるいかなる行動も慎まなければならない」ともされている。

 これは、特定の政府から指示を受けてはいけないということであって、特定の政府を批判するなということではない。実際、後段の文章にあるように、事務総長は「国連に対してのみ責任を負う」のである。つまり、国連のかかげる価値こそが、事務総長の行動と発言を律する唯一の基準だということだ。

 だから、つねにではないにせよ、国連事務総長はふみこんだ発言をすることがある。アメリカがイラクに戦争をしかけようとしたとき、当時のアナン事務総長が憂慮する発言を行った。国連が真っ二つに割れていたときに、事実上、その片方の側であるアメリカを批判するものだったわけである。中立どころか一方への肩入れである。
 
 こういうことは、国連にとっては、当然のことだと思われているようだ。たとえば、国連広報センターにある「基本情報」をみると、事務総長について以下のように説明されている。

 「事務総長が加盟国の関心事項を慎重に考慮に入れなければ、その任務は失敗に終わる。しかし同時に事務総長は国連の価値と道徳的権威を掲げ、時には同じ加盟国に挑戦し、彼らの意見に反対するという危険を冒しながらも平和のために発言し、行動しなければ職務を怠ることになる」

 そう、たしかに「加盟国の関心事項」には慎重でなければならない。だけど、国連の価値のためには加盟国に挑戦することだってあるのだ。

 しかも、事務総長が発言したことは、その国連の価値にかかわることである。だって、国連憲章第53条では、日本がかつて「侵略政策」をとったと明記されているのである。それなのに、それを否定するような発言がされているのだから、国連事務総長が何らかの発言をするのはあり得ることだ。

 問題は、そうやって国連憲章の明文を引くなりして、それに限定して発言すれば日本政府も反論しにくかったのに、もっと一般化したかたちで発言してしまったことかな。これで幕を引くのではなく、もっと議論が展開されることが望まれるかもしれない。