2014年1月27日

 風邪を引いてボヤッとしていたこともあり、遅くなった。だけど、大事なことだと思うので、書いておく。

 その後、「似ているなんて言ってない」などと弁解もされているようだ。だけど、現在の日中関係を問われて、第一次大戦前の英独関係に言及したわけだから、英独のように戦争するようになってはいけないという文脈だったとしても、類似性を意識していたことは間違いない。

 でも、安倍首相が、第一次大戦前の英独関係について博識だとは思えないから、誰かの入れ知恵だろうと推測していた。そうしたら、やはり外務省のなかにいたんだね。困ったものだ。

 普通は、日中のように経済的な関係が緊密になっていれば、どんな争いがあっても軍事的な衝突を招いてはならないと考えるわけだ。だから、軍事専門家のなかにだって、中国を抑止の対象にしてはならないという意見も多い。

 だけど、それが安倍さんには気にくわないわけだ。だから、外務省の一部の人びとは、安倍さんにおもねって、経済関係が緊密でも戦争になった事例を調べ上げ、安倍さんに報告をあげたのだろう。

 安倍さんは、これはいい事例を聞いたということで頭の片隅に置いていて、質問されてとっさに口から出てきた。それが真相なのだろうと思う。

 けれどね、経済関係が緊密でも戦争になった事例、という1点にこだわって事例研究するというのが、そもそもおかしいでしょ。政府が弁解しているように、戦争にしてはならないという文脈での発言だというならば、研究するのは戦争にならなかった事例でなければならない。

 それに、問題関心がその1点だけなので、日中の衝突を防ぐのに、まったく役に立たない。第一次大戦というのは、解説するまでもなく、古い帝国主義国であるイギリスやフランスと、後発の帝国主義国であるドイツ、オーストリアなどが植民地獲得をめぐって争ったものである。表面的には、英独の建艦競争などがあって、いまの日中の軍事的な対抗関係に似ているところがあるかもしれないが、戦争にいたった要因はまったくことなるのだ。

 だから、この事例をどんなに研究しても、日中の衝突を防ぐ展望がでてくるわけではない。それなのにこの事例を持ち出してきたのは、やはり、日中の衝突を防ぎたいという気持ちとは無縁だからである。どちらかといえば、実際に軍事衝突にいたったとき、「英独だって防げなかったのだから」という言い訳に使いたいということではないのか。

 私はいま、『なぜ戦争は起きるのか』という本を書くため、過去の戦争の事例研究をしている。それにサブタイトルをつけることにした。「日中軍事衝突を防ぐ教訓を探る」。どうでしょうか。

 本日から木曜日まで、東京、福島、仙台出張です。忙しい。