2017年1月16日

 東京に出てきているのは、いくつか大事な仕事があるため。その1つとして、昨日、もう15年も前になくなった経済企画庁の元事務次官の方とお会いした。上記がお願いしている本のタイトル案だ。

 この間、国境の壁をなくして、企業も人も自由に行き来できるようにするのが、日本と世界の経済のあり方の基本だと思われてきた。そういう時代には、国家は企業活動に介入しないのが基本であって、経済企画庁のような省庁は不要とされ、廃止にいたったわけである。

 しかし、トランプさんが当選したこと自体、あるいはそれに先だってイギリスがEU離脱を決めたのだって、国境の壁をなくすという判断の是非を問うものだ。日本でもこの問題がもっと議論されてしかるべきだろう。

 ということで、この本をお願いしていて、昨日、現段階のものを見せていただいた。いやあ、すごく期待が高まる内容だった。

 経済企画庁の初期に大きな役割を果たしたのは大来佐武郎(1914年〜1993年)である。経企庁の前身である経済安定本部の頃から中心にいた。その大来は、戦前、大東亜省にいたのだが、そこへ1945年6月、中国北京大使館の電力担当技師の後藤誉之助が東京への出張の仕事を終え、北京への帰任の挨拶に来たそうだ。その際、大来は、この戦争は負けることを確信していたらしく、「この戦争はもう長くないから東京に残れ。戦後の日本経済を今から系統的に研究しておくことが必要だ。僕は、今密かに準備を進めているから、それを手伝え」と後藤を説得したそうである。

 まだ沖縄戦の最中である。さあ本土決戦だと盛り上がっていた時期に、そうやって冷静に判断している人がいたんだね。経済企画庁ができたのは、GHQからの指示が大きな役割を果たしたのであるが、日本側にもそういう動きがあって、それが結実したというわけだ。

 その後も、日本経済のあり方が問われるいろんな問題があった。そもそも戦後直後の日本経済の復活の道筋をどう考えるかとか、所得倍増計画にあらわれた国民の暮らしをどう向上させるかとか、公害問題で浮上した日本経済とその歪みをどう調整するかとか、いわゆる消費者問題の登場とか、グローバリズムと国家の経済の関係とか、その他その他。

 この本、そういう問題でのいろいろな議論と、そこでの政策判断の是非を、いろいろな人を登場させながら、とっても生き生きと描いている。そして、新自由主義とグローバリズムの流れのなかで、そういう役割を果たした経企庁を廃止するという判断がどうだったのかを問いかけ、現代にふさわしいその復活を提唱するものだ。

 きっと評判になると思うけど、どうかなあ。夏頃に出版予定。