2013年8月30日

 シリアへの軍事介入を支持しないというイギリス議会の決定と、それを尊重するとしたイギリス政府の言明が、大きな反響を呼んでいる。だけど、これって、イギリスにとっては予定通りの行動だったように思える。

 なぜかといえば、イギリスは、10年前のイラク戦争開戦にあたって重大な過ちを犯したからだ。そして、それを過ちであるという検証がなされているからだ。

 イギリスは、戦争が終わった直後から、いくつかの機関がこの問題の検証を続けている。たとえば、下院外交委員会の報告書が03年7月に出され、政府が開戦に踏み切るために作成した2つの文書(大量破壊兵器の脅威を説明した「9月文書」、イラクがそれを隠蔽しているとする「2月文書」)が信頼に欠けるものであったとした。元最高裁判事を委員長とする調査委員会は、04年7月、「9月文書」でイラクが45分以内に大量破壊兵器を使用できる体制にあるとしていたことについて、根拠が確かでなく盛り込むべきでなかったとした。

 この「45分問題」は、イギリスの人びとにとって、イラク戦争を検証する大事な点だった。なぜならブレア首相が何回も「45分問題」を口にし、参戦を合理化したからである。調査によって、その中心的な論点がくずれたわけだ。

 そういう経過をへて、2009年7月、イラク戦争を検証するための独立調査委員会が設置された。ブレア元首相をはじめ多くの関係者が調査の対象になっている。

 ここでは、「45分問題」が間違っていたことは前提になっており、関係者は意図的な情報操作ではなかったことを釈明したのみである。また、法務長官はイラク戦争は違法だと考えていたが、アメリカとの協議を通じて態度を変更したことなどもあきらかにされた。

 ブレア首相は自分の判断が間違っていなかったと強調し、アメリカとの関係は契約ではなく同盟であって、同盟国の軍事行動は無条件に支持すべきものだとの見解をあきらかにした。一方、法務長官が国際法違反だと言い続ければ開戦できなかったとものべた。

 現在なお調査が続いているが、以上の経過をみても分かるように、イギリスの人びとにとって、大量破壊兵器の脅威がねつ造されるというのは、体験済みのことなのである。アメリカとの関係にはひきずられやすいが、ちゃんとした歯止めがあれば参戦しないで済むことも、独立調査委員会の活動をつうじて理解することとなった。

 だから、議会で参戦しないと決定することで、キャメロン首相を助けようというのが、国民と議員多数の考えだったのだろう。推測ですけど。

 なお、周知のように、オランダも独立調査委員会が2010年1月中旬、「イラク戦争は国際法違反だった」と結論づける報告書を公表した。米英の攻撃を支持したオランダ政府の判断も誤っていた、と指摘している。

 こういう経験をしていない日本。政府はいつものように、アメリカを支持することだけは決まっていて、あとはいつ発表するかとか、どんな行動をするかとか、そんなことばかり考えているのだろうな。

2013年8月29日

 潘基文国連事務総長の発言が問題になっていた。しかし、特定の国に対するものではなかったということで、日本政府は鉾をおさめることになったようだ。

 この問題に関連して、国連事務総長は中立であるべきなのに、それに反した発言だという趣旨の批判があった。それで調べてみたのだけれど、国連憲章で事務総長の任務を規定した条文の中で、「中立」という文言はない。以下ですべてである。

第98条〔事務総長の任務〕
 事務総長は、総会、安全保障理事会、経済社会理事会及び信託統治理事会のすべての会議において事務総長の資格で行動し、且つ、これらの機関から委託される他の任務を遂行する。事務総長は、この機構の事業について総会に年次報告を行う。
第99条〔平和維持に関する任務〕
 事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる。

 一方、続く第100条〔職員の国際性〕では、「事務総長及び職員は、その任務の遂行に当って、いかなる政府からも又はこの機関外のいかなる他の当局からも指示を求め、又は受けてはならない」とある。それに続いて、「事務総長及び職員は、この機構に対してのみ責任を負う国際的職員としての地位を損ずる虞のあるいかなる行動も慎まなければならない」ともされている。

 これは、特定の政府から指示を受けてはいけないということであって、特定の政府を批判するなということではない。実際、後段の文章にあるように、事務総長は「国連に対してのみ責任を負う」のである。つまり、国連のかかげる価値こそが、事務総長の行動と発言を律する唯一の基準だということだ。

 だから、つねにではないにせよ、国連事務総長はふみこんだ発言をすることがある。アメリカがイラクに戦争をしかけようとしたとき、当時のアナン事務総長が憂慮する発言を行った。国連が真っ二つに割れていたときに、事実上、その片方の側であるアメリカを批判するものだったわけである。中立どころか一方への肩入れである。
 
 こういうことは、国連にとっては、当然のことだと思われているようだ。たとえば、国連広報センターにある「基本情報」をみると、事務総長について以下のように説明されている。

 「事務総長が加盟国の関心事項を慎重に考慮に入れなければ、その任務は失敗に終わる。しかし同時に事務総長は国連の価値と道徳的権威を掲げ、時には同じ加盟国に挑戦し、彼らの意見に反対するという危険を冒しながらも平和のために発言し、行動しなければ職務を怠ることになる」

 そう、たしかに「加盟国の関心事項」には慎重でなければならない。だけど、国連の価値のためには加盟国に挑戦することだってあるのだ。

 しかも、事務総長が発言したことは、その国連の価値にかかわることである。だって、国連憲章第53条では、日本がかつて「侵略政策」をとったと明記されているのである。それなのに、それを否定するような発言がされているのだから、国連事務総長が何らかの発言をするのはあり得ることだ。

 問題は、そうやって国連憲章の明文を引くなりして、それに限定して発言すれば日本政府も反論しにくかったのに、もっと一般化したかたちで発言してしまったことかな。これで幕を引くのではなく、もっと議論が展開されることが望まれるかもしれない。

2013年8月28日

 昨日、名古屋で講演したことで、いろいろ考えたことがあるが、それは後日。来月28日、日本ユーラシア協会が、東郷和彦元外務省欧亜局長などを迎え、北方領土問題でシンポジウムを開く。それに「識者」(笑)として文書発言を出してほしいと依頼されたので、このタイトルで寄稿した。以下の通り。

 北方領土(千島)問題に対する私の考え方は、拙著『これならわかる日本の領土紛争』(大月書店、2011年)に書いた通りです。以下のように整理することができるでしょう。

──平和的外交的手段によって日本領土となっていた千島を戦争によって奪ったスターリンの行為は許されるものではない。その違法性は現在もなお強く批判されるべき性格のものである。
──ソ連による占領後、実効支配が60余年に及んでいる現実は重みがある。また、弱点を抱えていたとはいえ、日露間で外交交渉が行われており、その到達を無視して今後の外交を展開することも現実的ではない。
──以上の点をふまえ、いわゆる「二島(歯舞・色丹)+アルファ」で解決すべきではないか。その際、かつて択捉・国後に在住していた日本人、現在住んでいるロシア人の人権を尊重する方式が考慮されるべきである。

 それ以降、私の考え方に変化はありません。停滞する交渉を打開するには、上記のうち最初の違法性問題を、ロシアの人びとの拒否感をつよめる形ではなく、逆にその心を揺さぶるように提起するやり方が必要だとは思うものの、それを見いだすだけの勉強をしてこなかったというのが正直なところです。

 ところが最近、刺激的な本に出会いました。浅田次郎の『終わらざる夏』(集英社文庫、上中下巻)です。これは、占守島攻防戦を主題にした小説です。しかし、たかが小説というなかれ、千島問題を深く考えさせるものとなっています。

 まず、占守島というものを身近にさせてくれます。南千島は日本人が住んでいたので、それだけで身近に感じるのですが、北千島についていうと、私たちの(少なくとも私の)認識は、ソ連によって違法に奪われたという社会科学的認識にとどまっているのです。浅田はそれに対して、千島樺太交換条約の後、占守島に定住しようとがんばった日本人の姿とか、島に咲き誇る色とりどりの花などを描き、美しい島が奪われたことを実感させてくれます。そういう感性的な捉え方も、違法性を主張しつづける強固さを培ううえで、大事なことだと思います。

 さらに浅田は、占守島攻防戦をリアルな経過を含めて描くことによって、この戦争の違法性を浮き彫りにするのです。満州におけるソ連軍との戦争のように、ただ日ソ中立条約を破って攻め入った(それが終戦後も続いた)というのではなく、日本がポツダム宣言を受諾した後に、しかも占守島の日本軍も武装解除を準備していたときに、ソ連軍が押し寄せてきたわけです。

 しかも、この本の大事なことは、その戦争を、ソ連の兵士の目からも見ていることです。スターリンによって肉親を殺害されたコサック出身の兵士が登場するのです。その兵士は、スターリンを憎みつつも、大祖国戦争の場合は栄誉を胸に戦争に身を投じたのだけれど、ようやくドイツとの戦争が終わり、妻の待つふるさとへ帰れると思ったら、理由も分からないまま、降伏した日本との戦争に投入され、死んでいくのです。その不条理というものがリアルに描かれていて迫ってきます。

 おそらく、スターリンの違法を批判する場合も、ロシアの人びとが共感する視点というものが大事なのではないでしょうか。そのようなことを感じさせてくれた小説でした。領土問題に取り組む意欲を再びかき立ててくれたことに感謝します。(了)

2013年8月27日

 シリアで化学兵器が使われ、何百人もの死者が出ている問題で、国連の調査団が入ったが、最初から銃撃されたりして前途多難のようだ。欧米の世論は政府軍による使用だということで沸騰しているようだが、シリア政府は反政府勢力の手によるものだと反論していて、調査団の真価が問われていると思う。

 先日東京に行った際、この地域の問題に日本でいちばん詳しい方の話を聞いて、問題のむずかしさを知った。これは容易ではないぞ。

 問題の発端は、9.11とそれをきっかけにしたアメリカの戦争である。NATOが集団的自衛権を発動して支援した戦争である。

 あれから12年も経つのに、アフガン問題はどんどん泥沼化している。アメリカは、何の解決もみないまま撤退することを余儀なくされるだろう。その結果、内戦が拡大し、タリバンが政権に復帰することは確実である。

 要するに、この戦争は、多大の犠牲をもたらしただけで、結果はもとに戻るのである。いった何のための戦争だったのか。いや、もとに戻るのではない。イスラムと西側の間に解決しようのない亀裂をもたらした点で、歴史を何十年もおくらせた。惨憺たる結末だ。

 しかも、日本では報道されていないが、アフガニスタンのタリバンは国内重視でまだまともであるが、この間、米軍の拠点となったパキスタンで国民世論が反米化し、それを背景にタリバンが先鋭化しているらしい。つい一年前まで諜報機関の長官をしていたような人物までが、いまや穏健派として付け狙われ、ドバイに亡命したのだとか。タリバンはアルカイダと一体になっていろいろ策動し、カシミール問題もさらに深刻化しているという。

 そして、そのパキスタン・タリバンが、シリアにも手を出しているのだということだ。だから、反政府勢力だから化学兵器を使うことはないだろうというのは、希望的観測に過ぎなくなっているというわけである。今回の化学兵器使用問題は、第二次大戦で連合国の亀裂を生んだカティンの森事件のように、アサド独裁政権に対する国際的な連携を崩すものになることだってあり得るだろう。

 ところで、冷戦後はじめて国連が集団的自衛権をオーソライズしたのは、湾岸戦争であった。しかしそのとき、最後は国連安保理決議が採択され、多国籍軍が組織されたため、集団的自衛権は発動されず、いろいろ問題はあるが国連がオーソライズする戦争になった。そういう戦争だったので、イスラム諸国の要求と無縁に遂行することはできず、多国籍軍はイラク軍をクウェートから追いだした時点で戦争を終了させた。その結果、イスラムと西側の亀裂は深まらなかった。

 ところが、対テロ戦争では、同じように国連安保理が個別的・集団的自衛権をオーソライズしたが、湾岸戦争と異なり、法による裁きを追及した安保理の努力を踏みにじる形で、本当に個別的・集団的自衛権の戦争になってしまった。国連安保理は関与しなかったので、イスラム諸国の同意を得る努力もされなかった。

 その結果が、現在のアフガン、パキスタン、シリアである。そういう結果を生みだしたことが目の前の事態で分かっているのに、安倍さんは、日本までが集団的自衛権を行使できるようにするため、着々と準備を進めているのである。この程度のことを安倍さんに理解できるように話せる人って、政府・与党のなかには誰もいないのか。

 さて本日夕方6時30分より、名古屋駅前のウィンク愛知(906号室)で、『憲法九条の軍事戦略』についてお話しします。主催者(平和委員会、安保破棄実行委員会)の求めがあるので、日米安保条約との関連とか、政府構想との関連とか、いくつか突っ込んでお話しすることになりそうです。関心のある方はぞうぞ。

2013年8月26日

 週末の東京出張は意義深かったなあ。というか、東京に行くことが出張になるという、その変化をまず実感。短い間に、いろいろな用件を詰め込むため、事前にいろいろなメールやら約束やら、しなければならないし。それがちゃんとやれるかどうかで、出張の正否は決まるんですよね。

 今回、まずは「安倍新政権の論点」シリーズの具体化です。衆参で多数を占めたわけで、本格的な対決が求められていますからね。他にも準備しているものはありますが、東京でご相談したのは、雇用にかかわる規制改革に関するもの。限定正社員とかホワイトカラーエグゼンプションとか言われているものですね。

 この分野の本は、いまあげたものだけでも分かるとおり、言葉が一般的ではない。それをどう日常用語で本にして、ふつうの感覚で分かる論理にしあげるのかが、最大の課題です。もちろん、新しい手法で攻めてくるわけですから、その分析と対抗する論理の構築も欠かせませんけどね。それにふさわしい著者にお願いしました。

 イラストもたっぷり使います。イラストを見るだけでも理解できて、本文を読めば深く理解できるという、そんな感じです。乞うご期待。

 もうひとつの仕事は、タイトルにあるものです。そのキーマンとなるお二人にお会いしてきました。全面的にご協力いただけるということです。

 実際に人の目にふれるようなかたちで出てくるのは、来年だと思います。しっかりとした準備が必要ですし、この秋から冬は、集団的自衛権の方で騒ぎになるでしょうからね。

 でも、予定通り、うまくいけば制服組(もちろん元職ですが)にも参加してもらえそう。それも、○○方面総監というクラスの方です。もっとすごい人の名前も飛び出したんですが、それは来年のお楽しみということで。

 開催するシンポジウムは、一般には公開せず、マスコミと自衛官(元職の方も)と政党の政策審議会メンバー限定になるかな。みっちりと議論したいので。

 前にも書きましたけど、お手伝いしたいという方は、メールください。東京開催になるので、その周辺の方だとうれしいです。