2014年1月31日

 昨夜遅く、出張から帰ってきました。東京に2泊、福島に1泊。最後は仙台まで行きました。

 福島は、3月9日の企画準備が仕事でした。「福島で子育て中の家族集まれ! 音楽のつどい」です。いやあ、盛り上がりそうです。

 福島で6書店ほどをもつ岩瀬書店の本部に行ったんですけど、担当の方のお一人が、「わあ、ZABADAK、なつかしい」とか言って本気になってくれました。書店のレジでチラシを置いてくれるし(2000枚くらいすぐなくなりますよとか)、当日に向けてフェアをやってくださるとのことで、「ポップをつくってください」と頼まれました。当日は本を売りに行ってもいいですよとかも。どうもありがとうございます。

 福島高校にも行って、ジャズ研の顧問の先生とも打合せ。そこには、ジャズ研の初代部長さんも来られていて、いまや地元マスコミのエースなんですが、成功させるためいろんな知恵を出してくださいました。いやあ、いつものジャズヒケシなんですが、伊勢崎さんとジャズ研だけでなく、なんとテルミンが入るという変わり種なんですよ。それにくわえて、その初代部長さんも飛び入りしてくれそう。楽しくなってきました。

 いや、福島市音楽堂って、すごいコンサートホールで、そこでジャズをやるって簡単じゃないそうなんです。音響をどうするかとか、ふつうなら1日前から借りて、リハーサルが必要なんです。というか、そういう不安があったのか、私が福島に行く前日、さすがZABADAKはプロで、初代部長さんの案内で、会場視察を済ませたそうです。

 そういう難しいホールで、ZABADAKをやって、シンポジウムをやって、ジャズをやる(それにテルミンが入る)なんて、ふつうあり得ないでしょ。どんな音が響くのか、怖くなってきました。

 でも、一生懸命やります。私とかまわりは未経験者ですけど、愛情をもって準備に参加してくれるたくさんの方がいますから。それでも失敗があるかもしれないけど、それも楽しんでいってほしいと思います。

2014年1月30日

 安倍さんがよく言う言葉に、「対話のドアはいつも開けている」というものがある。昨日も国会の答弁でいったらしい。中国や韓国が首脳会談に応じないことを批判する言葉である。

 この両国の頑迷さを印象づけ、自分の寛容さを強調しようという腹づもりだろう。そうだそうだと思う人もいるかもしれない。

 実際、いくら見解が異なっていても、対話しないということはいい状態ではない。対話して、そこで安倍さんを批判すればいいじゃないかというのも、ひとつの見識だとは思う。

 だけど、問題は、本当に安倍さんが対話のドアを開けているのかどうかということだ。何でも対話の議題にするのかということだ。

 そうじゃないところに問題がある。だって、尖閣のことを考えてみればいい。安倍さんの立場によれば、そもそも尖閣をめぐる領土問題そのものが存在しないのである。存在しない問題を対話するということはないのだ。尖閣問題を首脳会談の交渉議題にするかと聞かれたら、安倍さん、ただちに拒否するだろう。対話対話といいながら、対話拒否というのが、安倍さんの基本姿勢である。

 だから、中国は、「対話のドアが開いているというなら、尖閣を議題にしよう」と、おおやけに呼びかければいいのだ。そうすれば、対話の安倍さん、対話拒否の中国という構図は、あっという間に崩れるのにね。

 それを思いつかないところか、悲しいことに、中国の中国たる所以でもある。世論と関係ないしに政権ができているから、ただ強硬姿勢にでて屈服させるというやり方が身についていて、世論に訴えて味方につけるということを考えないわけだ。

 まあ、どっちもどっちなんだけど。

 最後に、いつも堅苦しいことばかり書いているので、たまには違う趣向で。昨日、仕事で福島の保育園に行ったとき、聞いた話です。

 子どもを迎えに行ったお母さんによると、見たこともない遊びを子どもがしていたとか。それが「飲み会」というんだそうです。

 机がきれいにセットされて、コップとかいろいろ置いている。まわりで、みんなかしこまって座っているそうです。

 まず自己紹介をするそうな。「私、○○○○といいます。22歳です。ドーナツやさんで働いています」とか、「○○です。28歳で、ガソリンスタンドで仕事してます」とか。

 でも、まだ、飲み会に来る年齢層の感覚をつかめないのか、「私、87歳です」という子もいるとか。いや、その子のお家では、高齢者も元気で飲み会に行ってるのかなあ。

 それで、親の迎えに気づいて、「そろそろ終わろう」という頃になると、「ラストオーダーが入ります」とか言うんですって。いやあ、すごいな。

2014年1月29日

 本日は朝から福島へ来ています。いろいろやることがあるんです。

 何よりも、3月9日に開く企画の準備です。「福島で子育て中の家族集まれ! 音楽のつどい」ですね(画像参照)。
fukushima14.03.09

 まず、午前中から、『あの日からもずっと、福島・渡利で子育てしています』の著者である佐藤さんご夫妻に同行してもらい、協力していただきたい団体まわりをしていました。なんといっても、1000名の会場を埋めなくてはならないんですから。埋まらないと赤字になる(その場合、誰が負担するんだろうか? 怖くて、考えたくない)。

 でも、どの団体にも、気持ちよく協力していただけるみたいで、うれしいです。出演者が立派なのに、準備するのは素人ばかりで、きっと失敗もあると思うんですが、その失敗を含めて楽しんでもらえればいいなと思います。
 
 そしていまから、その企画の実行委員会。実際に、福島で子育て中の家族がメンバーです。さて、どんなご意見がでてくることか。

 その後は、国際政治学に通じたお医者さんとの飲み会。そのうち、この方に、国際政治の本を書いてもらいたいと思っているのですよ。

 明日は、まず、岩瀬書店といって、福島に6つほどの店を構えるチェーンの本屋さんの本部に行きます。「つどい」のチラシを置いてもらうんですが、このチラシの裏は、こうなっているんです。

fukushima_ura
 すごいでしょ。3.11以降、弊社が出した福島関連本(東日本大震災の本はもっとあります)の注文書です。もう12冊も出していて、近くあと1冊がでます。福島に本社のある出版社みたいですよね。「つどい」までの期間、このチラシを利用して、フェアをやってもらおうという魂胆なんですが、どうなるか。

 その後、お昼休みに福島高校を訪ね、ジャズ研究部の関係者と打合せ。その後、仙台に向かい、出版について話し合います。夕方に東京で娘と食事をして、今日中に京都にもどるというスケジュール。仕事しすぎですね。

2014年1月28日

 昨晩は、憲法九条下の自衛隊活用を考える会(仮称)の全メンバーが集まり、いろいろと討議した。大事なことをいろいろ議論した。

 結局、発足は6月7日(土)にした。その日、会の趣旨を明確にするとともに、最初のシンポジウム「自衛隊の国際貢献──現実と課題」を開催する。

 また、会それ自身には自衛官の参加は求めないことにした。そうではなくて、シンポジウムの報告者、発言者として名前を連ねてもらうという方式である。これは、自衛官のおかれた立場を考慮するということもあるし、本音で意見をのべてもらうためにも必要だということでもある。

 この日は、おそらく、南スーダンでの現在進行形の苦労とか、アフガンの将来構想とか、過去のカンボジアの経験とか、いろいろ語られるはずだ。そういう問題を憲法と照らし合わせながら考えるための、とてもいい機会になると確信する。

 安倍さんの突進ぶりからして、早いに越したことはない。だけど同時に、4月に安保法制懇の集団的自衛権の報告書が出され、会期末(6月22日)に向けて、集団的自衛権を合憲だとする閣議決定がねらわれるという動きになってくるだろうから、6月7日はいいタイミングでもあると思う。

 その一カ月ほど前には(5月3日かな?)、ホームページを開設する予定なので(誰か協力してよね)、そこで参加方法などを告知したい。自衛官(現職も元職も)の参加が優先的にできるようにしたい。

 昨晩は、そういうことを決めながら、安倍さんの評価とか、日米、日中、その他、いろんなことが話し合われた。専門家の深い話は、本当にためになります。

 会の中心の国際政治学者で、最近までアメリカでずっと研究してきた方によると、いまのアメリカにとっては、アジアというのは米中が連帯してどう対処するかという地域になっているとのことだ。日本は対処される相手みたいになっている。そうだよね、安倍さんが、これだけ問題を起こしているのだから。

 同時にしかし、安倍さんはそれでも構わないと思っている。これまでの日米関係から抜け出ようとしている。だから、そういうあらたな局面で、憲法九条を守るという課題を、誰といっしょにすすめるべきかということが問題なのだと思う。

 そういう安倍さんのやり方に不安を抱くすべての方々と連帯していく。そこを分かりやすく打ち出していきたい。

2014年1月27日

 風邪を引いてボヤッとしていたこともあり、遅くなった。だけど、大事なことだと思うので、書いておく。

 その後、「似ているなんて言ってない」などと弁解もされているようだ。だけど、現在の日中関係を問われて、第一次大戦前の英独関係に言及したわけだから、英独のように戦争するようになってはいけないという文脈だったとしても、類似性を意識していたことは間違いない。

 でも、安倍首相が、第一次大戦前の英独関係について博識だとは思えないから、誰かの入れ知恵だろうと推測していた。そうしたら、やはり外務省のなかにいたんだね。困ったものだ。

 普通は、日中のように経済的な関係が緊密になっていれば、どんな争いがあっても軍事的な衝突を招いてはならないと考えるわけだ。だから、軍事専門家のなかにだって、中国を抑止の対象にしてはならないという意見も多い。

 だけど、それが安倍さんには気にくわないわけだ。だから、外務省の一部の人びとは、安倍さんにおもねって、経済関係が緊密でも戦争になった事例を調べ上げ、安倍さんに報告をあげたのだろう。

 安倍さんは、これはいい事例を聞いたということで頭の片隅に置いていて、質問されてとっさに口から出てきた。それが真相なのだろうと思う。

 けれどね、経済関係が緊密でも戦争になった事例、という1点にこだわって事例研究するというのが、そもそもおかしいでしょ。政府が弁解しているように、戦争にしてはならないという文脈での発言だというならば、研究するのは戦争にならなかった事例でなければならない。

 それに、問題関心がその1点だけなので、日中の衝突を防ぐのに、まったく役に立たない。第一次大戦というのは、解説するまでもなく、古い帝国主義国であるイギリスやフランスと、後発の帝国主義国であるドイツ、オーストリアなどが植民地獲得をめぐって争ったものである。表面的には、英独の建艦競争などがあって、いまの日中の軍事的な対抗関係に似ているところがあるかもしれないが、戦争にいたった要因はまったくことなるのだ。

 だから、この事例をどんなに研究しても、日中の衝突を防ぐ展望がでてくるわけではない。それなのにこの事例を持ち出してきたのは、やはり、日中の衝突を防ぎたいという気持ちとは無縁だからである。どちらかといえば、実際に軍事衝突にいたったとき、「英独だって防げなかったのだから」という言い訳に使いたいということではないのか。

 私はいま、『なぜ戦争は起きるのか』という本を書くため、過去の戦争の事例研究をしている。それにサブタイトルをつけることにした。「日中軍事衝突を防ぐ教訓を探る」。どうでしょうか。

 本日から木曜日まで、東京、福島、仙台出張です。忙しい。