2017年3月9日

 今回のミサイル発射をめぐって、いろいろな議論がある。日本の排他的経済水域に複数を落下させたことをもって「新段階」とする議論もある。私は、今回の発射が技術的に新段階に達したものだとは思わないが、日本の防衛のあり方を国民のなかで議論するという点で、新しい材料を提供しているとは思う。

 もちろん、その核心は、北朝鮮側の発表で、在日米軍を攻撃する目的の訓練だったと明示されたことだ。そのための専門部隊があるのだということも含めて。

 さらに、今朝のNHKニュースには脱北者の元外交官が出てきて、在日米軍基地を攻撃されたということで日本が自衛隊を動かすことになると、今度は中国が黙っていられなくなると発言していた。中国を動かして日本とアメリカに対抗させれば、北朝鮮を攻めるのも難しかろうというのが北朝鮮側の考えだという。

 左翼的にすぐ出てくる議論は、だから在日米軍基地など撤去せよというものだろう。それは正論であって、言い続けることが大事だと思う。

 一方、自公政権はもとより、それに替わって野党共闘で政権ができたとしても、日米安保と在日米軍の存在は前提となっている。その前提で、いろいろな事態への対処を考えておかないと、野党政権への信頼も醸成されず、「やはり安倍さん」となりかねない。この問題を材料として、いろいろレッスンしておかなければならない。

 いちばんあり得るのは、北朝鮮が韓国を攻めて紛争が開始された時の対応だ。この場合、在日米軍基地から北朝鮮への反撃が開始されるだろう。そしてその際、北朝鮮が在日米軍基地にミサイルを撃ち込もうとするわけだ。

 まず、米軍の出動を日本政府として許すのかどうかという問題が生まれる。まあ、日本政府が許そうかどうかに関わらず米軍は出動するのだろうが、北朝鮮に対して「日本は反対したのだ」と見せることで、日本への攻撃を思いとどまらせるという効果をねらうのかということだ。

 ただ、実際に侵略が起きて、韓国の国民が被害を受けているのが前提なのだ。軍事力的に韓国が優っているとはいっても、話題のVXガスなどが使われていたら相当な被害だ。そういう事態が目の前で展開していて、米軍の出動に反対とはならないのではないか。イラクがクウェートを侵略して、沖縄から米軍が出動した時、市民運動の一部に反対の声はあがったけれど、今回の野党共闘で重要な一翼を担っている共産党は、当時、反対しないという態度をとった。私も、反対できないし、してはならないと考える。(続)

2017年3月8日

 本日午前中いっぱい、新潟から修学旅行中の6人の中学生が弊社を訪れ、私が応対しました。NPO学校サポートセンターが仲介する「企業訪問学習」の一環です。

 これって、同NPOの紹介パンフレットによると、「日本のすばらしい企業・機関とそこで働いておられる皆さんを訪問して事業内容を学び、皆さんの仕事の工夫・努力、仕事のやりがいを発見し、実感する学習活動」なんですって。弊社がその「すばらしい企業」だと認定されたわけですね(笑)。だって、数ある京都の出版社のうち、一つだけなんですから。

 全員が女性です。男性も一人だけ出版社希望があったそうですが、残り全員が女性だと分かって尻込みしたとか。しっかりしろよな、男ども諸君。

 生徒からの質問に答えていくわけですが、主な質問は、「書籍の企画から編集・出版までどのような流れで仕事が行われているのですか」というものでした。だから、いくつかの本を取り上げ、「流れ」をお話しするわけです。本によっていろいろですよね。

 なかなか答が難しい質問もありました。冷や汗タラタラ。

 例えば「著者の方が締め切りに間に合わないときはどうしていますか」。普通の本は、雑誌と違って、間に合わなければ刊行を延期すればいいわけですが、そうもいかない本もあります。例えば、3.11に向けて準備した本は、できるだけいまの時期に出したい。まあ、著者が一人なら、遅らせてもいいわけですが、何人かは順調にいっているのに、一人だけ遅れている場合、ホントに困るんです。だけど、遅れている著者も、その時期に出す意義を分かっているし、自分だけ遅れていることも自覚しているわけですから、責めても仕方ないんです。ただただ激励するしかないんですよね(追い詰めないほどに)。

 さらなる質問。「今年、どんな分野の本が売れそうですか」。それが分かったら、こんなに苦労しないんですよ。それに、時流に乗った本って、多くの出版社が挑んでくるので、うちのような小さなところが売ろうとすると、よほど独自の存在意義がないといけないんです。だから、「こんな本は売れないよね、注目されていない分野だよね」と思えるけど、大事な分野だと感じるなら、その壁を乗り越えるようにして売りたいというのが根底にあります。その意味でいうと、沖縄関連の本をメジャーにしていくって、うちのようなところじゃないとできないし、挑戦したいと思います。

 その他その他でした。それにしても、京都の出版社を検索して、そのなかから弊社が決まったわけです。ホームページを見れば、どんな出版社か分かるわけで、このブログも見るわけで、その上で決まったとしたら、少し世の中の雰囲気が変わってきているのかなあ。

2017年3月7日

 ちょっと間隔が空きましたが、続きです。なぜこんなタイトルの本を書きたいと思ったかという理由です。ある憲法学者が別の憲法学者のことを「危険だ」と批判したというところまで、前回書きました。

 批判された憲法学者は誰かというと、長谷部恭男さんでした。新安保法制反対の世論が盛り上がる一つのきっかけとなったのは、憲法学者三人が国会で「この法案は憲法違反だ」と断じたことでしたが、そのうちのお一人です。どのように批判されたかというと、「長谷部氏は新安保法制は違憲だと発言して脚光を浴びたが、彼は自衛隊も安保も合憲だという立場だ。そんな立場の憲法学者が注目されるのは危険だ」というものだったということです。又聞きですので、多少、不正確かもしれません。

 よく考えてみると、あの三人は、誰もが自衛隊違憲論の立場ではありませんでした。憲法学者といえば、以前なら九九%、現在でも七〇%程度の方は自衛隊違憲論の立場ですから、憲法学会の主流から見ると「異質」の方が呼ばれたわけです。そういう「異質」の考えが大事な役割を果たすことになると、自衛隊は違憲という正統派の主張の影が薄くなっていまうのではないか──長谷部さんを危険視した憲法学者はそう感じたのでしょう。

 しかし、三人が注目されたのは、自衛隊違憲論に立っていなかったが故だったと思います。憲法学会の主流の方が新安保法制違憲論を述べたとして、軍事法制はどんなものであれ違憲だと単純に主張するのでないにしても、国民の目から見ると、自衛隊違憲論なのだから何が出てきても違憲だだという大前提があって、論理はあとからついてきたものだと見えてしまうのではないでしょうか。とりわけ、国民のなかでは自衛隊の縮小(廃止ではない)を求める声は数パーセントしかなく、九割以上が自衛隊を認めるという現状では、自衛隊違憲論に立つ論理には違和感を感じる人のほうが多いでしょう。自衛隊は合憲だという憲法学者が、それでも新安保法制は違憲だと述べたことによって、国民の多くは心が通い合うような気持ちとなり、だから世論が高まったというわけです。

 ですから、長谷部さんたちには感謝することはあれ、危険視するようなことではありません。それ以前に、そもそも論になりますが、自衛隊合憲論の立場の人たちは、護憲派にとって友人としてもっとも手を差し伸べるべき相手ではないでしょうか。だって、自衛隊違憲論ということになると、違憲の自衛隊を合憲にするためには改憲するしかありませんが、自衛隊合憲論であれば、改憲は必要ないという立場に結びつきやすいのです。

 仲間を危険視するのは悲しいことです。気持ちが楽しくなりません。せっかく命がけで護憲運動をしているなら、毎日が楽しくなくてはやっていけません。だからこの本を書きたいと思ったのです。

2017年3月6日

 タイトルは先週末の記事に似ている。でも、それと違って、対談をやって本をつくろうというのではない。

 昨日、柳澤協二さんが尼崎に来られて、日本の安全保障をどうするのかという講演をした。主催は、「あすわか」と「ママの会」の大阪、兵庫の支部。中国脅威論にまみれている人に対して、どう安全保障を語っていくのかという企画だった。その内容は秋頃には本になるので、乞うご期待。

 講演会が終わって、いつものように懇親会。そこで泥さんが入院してガンに打ち勝つために頑張っていることが話題になった。

 その際、柳澤さんがおっしゃったのが、信念のために命をかけている双璧が、安倍さんと泥さんだねということだった。その信念の内容は正反対ではあるけれども。

 安倍さん、中身の評価はともかく、あれだけ濃い日米首脳会談をこなして、日本に帰ってからも国会対応で身を削っている。柳澤さんの見立てでは、改憲のために殉じようという気迫を感じるという。そうかもね。「侵略」など4つのキーワードを盛り込んだ戦後70年談話とか、経済界に賃上げを求める姿とか、自分の信念を抑えてでも、改憲の多数派を形成するための努力なのだろう。

 一方の泥さん。余命1年の宣告を受け、なんとか生きているうちにと、周りのみんなが協力して『安倍首相から「日本」を取り戻せ!!』を出したのが2014年11月。その出版から2年半、もうガンは消えてしまったよねと思わせるほど、毎週どこかに呼ばれて、訴えてきた。戦争法反対の闘いを経て、現在、市民運動と自衛官が連携できていると実感できるのも、最初にデビューした泥さんの訴えが、憲法9条のある日本で自衛官をしてきた誇りに満ちあふれていて、防衛というものと護憲というものを、見事に合体したからだと思っている。

 柳澤さん、こんな二人のようなことは自分にはできないと言っておられた。だけど、70歳になって、例えばこの1週間、週の初めは沖縄で普天間基地問題でのシンポジウムに参加し、東京に戻ってきて鳩山由起夫さんとの対談をこなし、この週末は大阪弁護士会の講演会、そして昨日の尼崎と、超人的な日程である。しかも、その間に、自衛隊を活かす会で準備している『新・日米安保論』(集英社新書)の長めの「あとがきに代えて」を執筆してもらっていて、その初校ゲラもご自宅に届けたばかり。春に開催予定の南スーダン企画に向けて公表する予定の「提言」も点検をお願いした。信念のために命をかけていますよね、十分すぎるほど。

 それにしても、安倍さんと泥さんの対談、夢物語でしょうかね。まず泥さんに意欲を持ってもらわなくちゃ。

2017年3月3日

 本日、お二人の対談の第1回目でした。夏までに出したい本のための対談です。タイトルをつけるとすると、以下のような感じです。

鳩山×柳澤対談本表紙案

 感慨深いものがあります。私が柳澤さんに初めてお会いしたのは、2010年の春頃だったでしょうか。ちょうど民主党政権ができる直前、柳澤さんは退職して、いわゆる天下り先にいました。「最低でも県外」を公約した鳩山政権の雲行きが次第におかしくなり、官僚の頃と違って自由に考えはじめた柳澤さんが抑止力を疑うようになり、一月末、朝日新聞に沖縄に海兵隊はいらないのではないかという論考を書かれたので、是非、お会いしたいと申し入れたのです。

 丁度その年の11月、沖縄県知事選挙が予定されており、伊波洋一さんが革新の候補者になるだろうと噂されていました。その噂をもとに伊波さんを訪れ、秋までに本をつくりましょうと合意し、その作業が進んでいました。それはやがて『普天間基地はあなたの隣にある。だから一緒になくしたい。』という本になります。

 ただ私は、伊波さんの闘いは困難だろうと思っていました。なぜなら、沖縄の革新共闘は安保廃棄の共闘だったのですが、当時、あれだけ米軍基地の重圧のもとにあって、そこからは逃れたいと思っていた県民も、安保を廃棄するかどうかと問われたら、多数は安保維持だったのです。

 だから、安保堅持の人が伊波さんを応援する構図が必要だと考えていて、柳澤さんの登場はピッタリだったわけです。安保維持の翁長さんがその4年後に知事になったことは、その方向は正しかったのだと思います。

 柳澤さん、まだ政府に足を半分突っ込んだ状態でしたから、申し出に悩んだと思います。しかも左翼出版社です。しかし、他の出版社からのオファーもなく(朝日の論考はすごいものだったのに、他の出版社が怠慢してくれていて、本当に良かったです)、弊社で本を出すことになりました。それが『抑止力を問う──元政府高官と防衛スペシャリスト達の対話』です。

 まあ、しかし、鳩山さんは「抑止力のことを学べば学ぶほど……」の声を残して県外移設を翻意し、やがて政権を追われるようにしてさりました。伊波さんは選挙に敗れ、保守県政のもとで、辺野古への移設が既成事実化し、現在に至っているわけです。

 そこを打開するためには、原点回帰が必要です。どうしても鳩山さんにその問題を総括していただく必要があると思いました。その思いが実って、因縁のお二人の対談になったわけです。これは弊社でしか出せないですね。

 この本を夏前に出して、その後、沖縄関連本を毎月連打するつもりです。なんとか流れを変えていきたい。執念を持って取り組みます。