2016年9月29日

 内田樹さんと石川康宏さんの往復書簡である『若者よ、マルクスを読もう』は、2010年に第1巻が、2014年に第2巻が刊行されました。まだ続刊の予定がありますが、『マルクスの心を聴く旅』は、その「番外編」です。

 タイトルの通り「旅」をしてきたんです。旅行社とタイアップして、合計で45名が参加する旅でした。

 行き先は、いうまでもなくマルクスが生まれたドイツ、そして『資本論』が誕生したイギリスです。マルクスのゆかりの地を訪ね、そこで感じたことをお話ししてもらい、さらにお二人の対談で問題を深めようという趣向。ドイツ文学者・翻訳家である池田香代子さんもくわわり、グリムとマルクスの交錯が語られるという、豪華企画なんです。

 これを思いついたのは、一つは、『若者よ、マルクスを読もう』の続刊を前に進めたいと考えたからです。第2巻で内田さんが書いておられますが、日本の政治が劣化してお二人が超忙しくなったこともあり、マルクスの書籍を取り上げ、本格的に論じ合うという本って、完成までのハードルが高くなっているんです。それで、お二人に刺激を感じてもらうようなものが必要だと感じていました。

 もう一つは、その刺激という点で、絶好の先例があったからです。それは『聖地巡礼』(東京書籍)でした。内田樹さんと釈徹宗さんが、宗教上の聖地を訪ね、そこで感じたことを語り合うという本です。読んでいると、その場に行かなければ生まれないインスピレーションが満載で、とっても刺激的なんです。マルクスが生まれた家を訪ねたり、『資本論』で描かれている紡績機械を見たりしたら、日本では得られない新しいものがつかめるのではないかと、期待したんです。事前に東京書籍の担当編集者とお会いし、本の作り方について、親切に教えていただきました。

 結果がどうだったかは、本を手にして、読者に判断してもらいたいと思います。編集者としては、期待以上の結果でした。

 ドイツで刺激的だったのは、歴史学者のヘレスさんのお話を聞けたことでした。マルクスとエンゲルスの書いたありとあらゆるものを発掘し、出版するという仕事にも携わっているヘレスさんが、その仕事を通じて得たものをお話ししてくださったのです。マルクスの理論って、その後、レーニンやらスターリンその他が独自に解釈して、それらが教科書的に伝わっていて、実はマルクスが言ってもいないことが、「これがマルクス主義」とされていることが少なくありません。『資本論』の編纂過程でエンゲルスがマルクスの真意を誤って解釈し、活字になっているというものもあります。

 そういうお話を聞いて、風邪を引いて倒れかけていた内田さんがムクムクと元気になり、ヘレスさんとも議論することに。その後も、本当にマルクスが言ったことと、その後にゆがめられたこととの関係とか、いろいろ議論になりました。

 イギリスでは、まず最初に訪れたマンチェスターの「科学産業博物館」が刺激的でした。ここにマルクスが生きていた時代の紡績機械が展示されていて、時々動かしてもくれるんです。紡績って、いまでは古い産業というイメージがありますが、当時は産業革命の中心を担った先端産業ですよね。これを見た内田さんは、経済合理性を無視した「ある種の狂気を感じるようなもの」と表現しましたが、これも実際に現地に行って、手に触れてみないと生まれない感想だと思います。

 そういう実感があったので、ロンドンでの内田さん、石川さんの2回目の対談も盛り上がりました。イギリスやドイツの資本主義と日本の資本主義はどこが違うのかという、これも刺激的な議論になったと思います。

 池田さんは、マルクスとグリムの交錯のお話です。この二人が交錯したなんて、普通、誰も想像しないですよね。でも、1848年のドイツ3月革命は、同時代を生きていた二人にとって、自分の人生をかけた闘いだったんですね。この革命のなかで、グリム(兄)が中心的な役割を果たしたフランクフルト憲法が誕生するのですが、池田さんは、マルクスによるこの憲法の評価について、「叱咤叱咤叱咤叱咤激励」と表現していました。そこにグリムとマルクスの関係性がよく表れていると思います。

 この8泊9日の旅の経過をそのまま本にしたもので、中身は刺激的で深いんですが、とっても読みやすいです。是非、お手にとってご覧ください。