2018年4月23日

 先週末にお伝えしたように、土曜日、日曜日と、連続的に講演会がありました。それを紹介する記事で、73年の自衛隊違憲判決の年に自衛官を志して防衛大学に入った人を、弁護士として自衛隊違憲論に心躍らせた人が講師としてお招きすることにふれ、以下のように書きました。

 「その両極に立っていた人々が、それから45年を経た明日、同じ会場で相まみえるのですから、歴史的だと思います。さて、どんなお話を伺えて、どんな議論になるのでしょうか。」

 私は、土曜日の挨拶でも日曜日の講演でも、この「両極」という言葉を使いました。しかし同時に、実は「両極」ではなかったのではないか、というお話をしたのです。

 長沼訴訟を初め、戦後の自衛隊違憲裁判の中心にあったのは、いわずとしれた内藤功弁護士です。その内藤さんが、弊社の『憲法九条裁判闘争史』で書いておられます。「なぜ、そんなに情熱を注ぎ込んで来られたのか」という質問に対して答えているのです。

 「自衛隊と隊員を活かしてやりたいの一念です。海外で人を殺すような仕事をさせたくないんです」
 「箕輪登さんの、『我、自衛隊員を愛す 故に、憲法九条を守る』という心ですよ」

 ここは少し解説が必要でしょう。

 箕輪登(故人)さんというのは、自民党の代議士だった方です。タカ派の国防族と言われており、自衛隊員が多くいる札幌、小樽を地盤としていていました。

 その箕輪さんが、小泉首相が自衛隊をイラクに派兵すると発表した時、大いに怒り狂います。自衛隊の任務は専守防衛であって、国防のためには命も賭すことを誓約しているが、海外に出て命を落とすような任務を与えるのは憲法違反だと感じたわけです。それで札幌の弁護士会にやってきて、相談して、そういう訴訟をするに至ります。全国で闘われ、名古屋高裁で航空自衛隊の一部を活動が違憲だと判断されたのはご承知の通りです。

 その箕輪さんと防衛省の高官だった方が弊社から本を出します。そのタイトルが『我、自衛隊を愛す 故に、憲法9条を守る』というものでした。

 内藤さんは、箕輪さんの本のタイトルをとっさに思い出したわけですが、自衛隊違憲論の中核にあるものとして、さすがに「自衛隊を愛す」とまでは言えなかった。だけど、「自衛隊員を愛す」と言い切ったということです。

 だからつまり、45年前、自衛官を志した人と、自衛隊を違憲だと主張して裁判をした人と、両極にいるようで、実は心が通い合う部分もあったと思うのです。内藤さんは自衛隊が嫌いだから違憲論で闘っていたわけではない。自衛隊員を愛していたから、その自衛隊がアメリカの侵略に協力するようなことで命を失うことには反対していたし、そういう自衛隊は憲法違反だと主張していたわけです。

 昨日の高槻でも、そのお話はしました。「自衛隊員を愛す」「自衛隊を活かす」という観点での9条護憲論を初めて聞いたということで、それなりに感じるところがあったと思います。2か月間、がんばらなくちゃ。