2014年12月17日

 アルジェリアのフランスからの独立戦争を描いた名作。この映画が封切られたのが1966年。日本に入ってきたのは、その2年後くらいだろうか。

 大学生のいとこに連れられ、中学1年生で観に行った記憶がある。ベ平連をやっていたから、私を感化しようとしたのかもしれない。いまは姫路で創価学会の幹部をやっているそうだけど。

 突然そんな話をしたのは、慰安婦問題の本を執筆が最終局面に入ろうとしていて、それを論じるのに、世界的な植民地支配のこととか、あるいは戦後の和解の事例とかを勉強しているからだ。その過程で、「アルジェの戦い」を記述している本があって、なつかしく思い出した次第である。

 この映画、いまの日本にとって教訓的だ。ふたつの点で。

 ひとつは、「対テロ戦争」の文脈。フランスにとって、この独立戦争は「対テロ戦争」である。「対テロ戦争」の原則は「味方でなければ敵」というもので、敵を見つけだすために徹底的な拷問をやっていく。それが敵を大量に作り出し、フランスは敗北していくのである。ああ、いまも同じことをやっているんだと感じる。

 というか、この映画、2003年に「対テロ戦争」をはじめたアメリカの国防総省が、幹部教育用に上映したらしい。アルジェリアでフランスが負けた原因をつかもうというのがその趣旨。だけど、つかめなかったんだね。

 もうひとつは、植民地支配の文脈。アルジェリア独立戦争と呼ばれるけれど、フランスがこれを「戦争」だと認めたのは、62年の独立から35年もたった1997年。それまでは、アルジェリアで起こっていたことは、フランス国内の「治安維持」の問題だという位置づけだったわけである。

 フランスがアルジェリアの支配を「不当」だったと認めたのは2007年。アルジェリアを訪問したサルコジ大統領が、「植民地システムはその性質からして不当であり、隷従と搾取にほかならなかったと発言した」(平野千果子「「人道に対する罪」と「植民地責任」」『「植民地責任」論』所収)と、一般的なかたちで認めたされる。

 日本の村山談話から遅れること12年だ。しかも、日本と同様、支配していた当時から違法だったと認めたわけではない。補償をしたわけでもない。
 
 日本の慰安婦問題は、こういう国際的な水準のもとで、あの安倍首相に何らかの措置をとらせなければならないという問題である。しかも慰安婦の方々が納得する措置をとらせるのである。

 いま、本の最後の部分、慰安婦問題で安倍さんは何をすべきかを書いている最中。難しい。