2014年12月2日

 3.11の直前だったと思うが、NHK教育放送で、菅原さんが福島県の自由民権の歴史と伝統を訪ねる旅の企画があった。菅原さんがそういうものに関心を持っていることを全然知らなかったので、とても新鮮だった。

 いや、後で知ったのだが、何かのテレビのインタビューが菅原さんのご自宅でやられたそうだ。そうしたら、後ろの本棚には、難しそうな専門書が並んでいたそうで、すごい勉強家なんだね。

 ところで、その福島の旅を案内する役をしたのが、大和田さんという方だ。福島で高校の社会科の先生をしていたという。

 3.11の後に知り合った別の福島の高校の先生に聞いたのだが、大和田さんは福島では反原発の闘志として名高かった。そして、菅原さんを案内している最中、原発のことを徹底的に菅原さんに話したそうだ。それを菅原さんが「うん、うん」と聞いていたとか。

 その話を聞いていたものだから、震災後、菅原さんが原発問題で積極的に発言し、行動するのを見て納得していた。「いのちの党」をつくったときは、さすがにびっくりしたけれども。

 その菅原さんから、ある出版社を通じて、「伊勢崎賢治さんと会いたい。対談がしたい」というオファーが来たのは昨年末だったろうか。弊社から出ている伊勢崎さんの『自衛隊の国際貢献は憲法九条で』とか『アフガン戦争を憲法九条と非武装自衛隊で終わらせる』を読んだそうで、体を張って戦争を止める伊勢崎さんの生き方に惚れ込んだということだった。

 その仲介をして、対談は実現した。いつか活字になって出ると思う。

 その際に、菅原さんにお手紙を出して、いつか菅原さんが大和田さんを案内役にして、福島の原発関係の土地を訪ねる旅をやって、それを写真集にしたいとオファーをしたのだ。奥様からご返事がきて、興味深い話だけど、もう少し内容を膨らませたらいいと思うので、検討させてほしいということだった。

 この企画、菅原さんがお亡くなりになったことで、もう日の目を見ることはない。残念だけれど、晩年の菅原さんと少しで交流できたことは、そして菅原さんが沖縄の選挙をはじめ、すごくがんばっておられるのを目にできたことは、ずっと記憶に残ると思う。

 菅原さん、ご苦労様でした。ゆっくりとおやすみになってください。