2013年11月19日

 安倍さんの政権ができて、中国による軍事的対応の教科を前にして、日本側も軍事対応をするという感じが強まっている。中国みたいに軍事費も連続的に増やそうとしているしね。

 そういう事態があるので、平和勢力のなかでは、「軍事ではなく外交で」というスローガンが、よけいに勢いを増すことになる。だけど、これは現状にふさわしいんだろうか。

 私には、安倍さんのやり方は、軍事的な対応だから問題だということではないように思える。軍事対応のなかでも、かなり特殊なやり方をしているところに、安倍さんの問題はあるのではないだろうか。

 だって、安倍さんが強めようとしている「抑止戦略」。昨日も書いたように、この戦略というのは、ふつうの国が採用している戦略ではない。何かがあったら相手国に壊滅的な打撃を与える戦略であって、超軍事大国だけが採用できる戦略だ。

 そして「集団的自衛権」。これも、海外に軍隊を展開する能力をもつ国だけが行使できる権利である。その能力をもたないふつうの国は、行使したくてもできない。

 その安倍さんのやり方を「軍事」一般という枠で捉えてしまうのは正しくない。いろいろな問題が生じる。

 何よりも、安倍さんのやろうとしていることの異常さが伝わらないだろう。軍事対応自体は、軍事能力をもつ国だったら、どの国もすることだ。スプラトリーにおける中国の挑発に対して、フィリピンやベトナムも自国領土を守るための軍事的対応はするのだ(外交的な話し合いもするけれども)。ところが安倍さんのやろうとしていることは、相手国を壊滅するための準備だったり、自国領土が攻撃されていないのに武力を行使することだったり、ふつうの国はやらないことなのだ。軍事対応一般ではないのである。

 しかも、安倍さんを「軍事」一般で捉える結果として、国民の支持の広がりをおさえてしまいかねない。だって、国民多数は軍事も外交も両方が必要だと思っているのに、「軍事はダメだ」と言ってしまったら、軍事は必要だと考えている人びとは、ついて来れなくなってしまう。

 とくに、数年前といまの情勢が根本的に異なるのは、尖閣における中国の対応とか、北朝鮮の核開発とかミサイル問題があって、日本の主権が侵害されることを国民が現実的な問題として感じているところにある。そういうときに、外交努力の大事さはどんなに強調してもしすぎることはないけれども、それといっしょくたにして、軍事一般を拒否するようになってしまっては、軍事の必要性を感じている人びとの支持は得られない。

 そういうことの結果、国民の支持が、外交のことしか言わない平和勢力から離れ、軍事も外交(その価値観外交の中身は問題だが)も両方をやっているように見える安倍さんに流れていく。それが、この間の選挙結果にあらわれた国民の気持ちだろう。(続)