2015年1月22日

 美味しんぼで問題になりましたが、福島のおコメは安全か、食べられるかという問題は、いろいろな議論を引き起こします。私なんか単純ですから、測って問題ないのだから、当然食べるでしょという立場です。福島以外のコメは測られていないわけで、そっちの方が危ないかもしれないと思ってしまいます。だけど、多くの人にとっては、そう簡単な問題ではない。

 それに対して二つのアプローチがあると思います。一つは、科学的にどうかということを極めるということです。弊社の本で言えば、昨年末に出した『放射線被爆の理科・社会』がそれにあたります。放射線防護学や医学、生物学などの専門家が、科学的知見にもとづいてアプローチするわけです。これは、科学的思考を優先する人にとっては、効果的なアプローチだと思います。

 一方、よく安全と安心は違うと言われますが、実際に食べられるかどうかは、「心」の問題です。科学的には大丈夫と言われても、受け入れられない「心」があるわけです。

 その理由にはいろいろあって、原発事故で明らかになった科学者不信という問題もありますし、いまだにネットで流れる非科学的な情報という問題もあります。それはしかし、一つ目のアプローチで克服していかねばならないことでしょう。

 それ以上に私がこの問題の核心だと思うのは、「なんとなく受け入れられない」という「心」です。3.11直後、泥憲和さん(弊社の『安倍首相から「日本」を取り戻せ』の著者)が話していて印象に残っているのですが、たとえばケーキにハエが止まったとして、その部分を取り除けば食べられる人と、それでも食べられない人がいる。なるほどなあと思いました。

 そういう人に対して、ハエの汚染物はケーキの他の部分には届いていないと、いくら測定して言っても、やはり受け入れられないでしょう。科学の問題ではないのです。

 それだけではなく、そういう人に「安全が確かめられたから食べてほしい」というと、きっと押しつけられているように感じるのではないでしょうか。逆効果になると思うのです。

 三浦さんの本は、そこを突破するものになると思います。コメをつくっている本人が、「安全だけど、食べなくていいですよ」と言うのですから。「あなたが食べてくれる気持ちになるまで、ぼくは毎年毎年、安全なコメをつくり続け、測り続けます」。そう言うのですから。

 なんと言ったらいいか、福島の農民は自分のことを考えてくれているんだなというような、そんな信頼感を持たせてくれるような本です。そういうアプローチも大事だと思うんです。(続)