2016年3月14日

 福島ツアーは昨日終わりましたが、まだ東京にいます。本日、おふたりの著者とお会いしなければなりませんので。

 5年目になった3.11の福島イベントとツアーですが、出版社の仕事とは関係なく始めたものです。だから1回目は参加費も自前でした。

 だけど、やってみると、「これは本にしたい」と思う内容をつかむことができます。その意味では、出版の仕事とつながってきます。だから、2回目以降は、会社が後援する形にしましたし、私も堂々と出張旅費を請求できるようになりました。

 今回は最初から、子どもの放射線被ばく問題は本にしなければならないと考えていました。だから、それにふさわしい方をお呼びして、お話もしてもらいました。予想通り(予想を超える?)話を伺って、あとは口説き落とすだけです。福島詣でをしなくっちゃ。

 もう一つ、是が非でも本をつくらなければならないと思った分野があります。福島の将来構想ですね。

 いま、どんどん帰還政策が進められています。その是非は脇において、帰還を前提として考えてみても、なかなかきびしい事態が待ち受けています。

 要するに、帰りたいと願い、実際に帰ってくるのは高齢者中心です。若い人はほとんど帰ってきません(帰ってこない理由としては、放射能問題というより、まだ福島にある原発への恐怖とか、暮らしが成り立たないことが大きいみたい)。

 だから、帰還政策が進んでも、福島の浜通は高齢者の街みたいになってしまいます。それで5年、10年、20年と時間が経ってしまうと、再び誰も住まない街になってしまいかねないのが現実です。

 どうするんだろう、どうすればいいんだろうと考えていたら、またもやいつものガイド・三浦広志さんがニコニコと言っていました。『福島のおコメは安全ですが、食べてくれなくて結構です。』の三浦さんです。

 一言で言えば、「福島を高齢者夢タウンにしよう」というものです。もとの居住者だけでなく、高齢者が暮らしやすい街をつくって、福島県内はおろか日本全国からどんどん高齢者を呼び寄せようというものです。

 「それは楽しそうだけど、やはり若者は来ないじゃないですか?」と聞いんです。そしたら、そうじゃないんですよ。

 「高齢者はだんだん足も動かなくなるし、介護が必要になってくる。高齢者の数が多いから、必要とする介護労働者の数も半端じゃない。だから、全国から介護に携わる若者も福島に来てもらうんです」ですって。

 全国的には、介護労働者の仕事が大変で、やめたりする人も多い。だけど、「福島の再生なくして日本の未来はない」というのが国策だから、福島の高齢者を支える介護労働者には、復興費用で十分な手当をするわけです。「福島に行けば充実したそれなりに豊かな暮らしを送れる」というふうにするわけです。

 いやあ、ちょっと暗くなっていた気持ちが、ずいぶんと回復しました。まあ、福島で介護労働者が定着するようになれば、その経験が日本全国に活かせるかもしれませんね。内容は精査するとして、夢のある構想が必要だと感じます。そんな本も求められると感じて帰ってきました。