2016年11月1日

 北方領土返還の根拠を「領土不拡大」が第二次大戦の終戦処理の原則だったはずだとすることにおくのは意味のあることです。しかし、昨日見たように、ソ連側は「自分はそれに縛られないよ」ということになるわけです。

 ただ、当時のソ連が、相当にひどいことをやったという認識は、現在のロシア政府も共有できると思います。戦後、ドイツの領土を奪い、1100万人を強制的に移住させるにいたったことについては、ソ連がドイツに侵略され、2000万人の命を奪われた現実から説明できるにしても、日本との間ではそういうことはなかったのですから。

 ソ連は逆に、日本から攻撃もされていないのに、日ソ中立条約をふみにじって参戦し、満州に住んでいた多数の日本人の命を奪い、シベリアに抑留して過酷な労働に従事させました。スターリンは、革命後の日本によるシベリア出兵の報復と位置づけていたようだが、そんな論理が通るものでないことは、いまのロシア政府だって理解できるはずです。

 実際、ずっと停滞していた領土交渉が動き始めたのは、エリツィン政権ができてからですが、ロシアが「解決済み」の態度を変更した背景には、スターリンの無法を清算するという考えがありました。当時、エリツィン大統領政権の国務長官のゲンナジー・ブルブリスは次のように語っています。

 「北方四島はスターリン主義のもとで、日本から盗んだ領土です。共産主義から絶縁し、『スターリン主義の残滓』と決別しようとしているロシアにとって、北方四島を日本に返すことがロシアの国益に適っている。なぜなら、北方四島を日本に返還することによって、対外的にロシアが正義を回復したと国際社会から認知されるからだ。たとえ日本人がいらないといっても、返さなければならないというのがロシア人としての正しい歴史観です」(鈴木宗男・佐藤優『北方領土特命交渉』)

 領土交渉で鈴木さんや佐藤さんがこのような立場を主張し、ロシア側もこの引用のような態度を表明するようになったというわけです。ここにも日本共産党の領土政策の影響を見て取ることができます。

 ただ、これは四半世紀も前のことです。その後のロシアでは、スターリン主義の清算どころか、ソ連を大国にしたスターリンを賛美する風潮も見られるようです。そのなかで、スターリンの誤りの清算を背景に交渉しても、当時と同じような効果はないかもしれません。

 しかも、ロシアのブルブリスさんや日本の鈴木さんが言っている「スターリン主義」とは、共産党が言っている「スターリン主義」とは異なり、「共産主義」そのもののことです。社会主義の言葉は通用しないが、社会主義を否定する言葉では両国が相通じるというなかで、少し領土問題が動いたわけです。

 私は、現在の領土交渉を進める上で、スターリン主義の清算を迫る見地は大事だと思います。いまの日本政府は、90年代初頭の鈴木さんや佐藤さんの時代と異なり、原理原則を主張していないように見えるからです。

 しかし、現実政治の世界においては、スターリン主義の清算は、全く違った意味になるのですね。複雑な問題です。(続)