2016年11月10日

 大統領選挙の結果をふまえ、来年初頭に出版予定の本(平凡社新書)の「まえがき」に以下の文章を補足しました。出版も早めるかもしれません。

 (冒頭の数行はそのまま)……トランプ大統領の出現は、この課題の大切さを提起していると思います。

●トランプ大統領出現の衝撃
 トランプ氏がアメリカの大統領になるなどと誰もまだ想定していなかった二〇一六年半ばのことです。米軍駐留経費は同盟国が一〇〇%負担すべきだ、そうしないなら米軍を撤退させるとのトランプ発言を受けて、ある日本の新聞が「日米同盟が消える日」と題する大きな特集記事を掲載し、こう書きました。
 「しばしば取り上げられるのが『思いやり予算』と称される接受国支援(ホスト・ネーション・サポート)だ。日米地位協定上は支払い義務のない負担で、……(平成)二八年度は一九二〇億円となっている。
 日本の負担が米軍が駐留する国の中で突出して高いことは、米国防総省が二〇〇四年に公表した報告書が示している。……日本側の負担割合は七四・五%でサウジアラビア(六四・八%)や韓国(四〇%)、ドイツ(三二・六%)などを大きく上回っていた。
 トランプ氏は「なぜ一〇〇%ではないのか」と全額負担を求めるが、それは米軍将兵の人件費や作戦費まで日本が負担することを意味する。
 『米将兵の人件費まで日本が持てば、米軍は日本の傭兵になってしまう』……。
 ……
 『同盟解体』は今の時点では現実味は乏しい。だが、暴言と聞き流すだけでは、いつの日にか現実のものとなりかねない」(五月二五日付)
 どの新聞だか分かりますか? 激しい言い方なので左翼っぽいと思われるかもしれませんが、実は産経新聞です。最後の引用で日米同盟堅持を望む姿勢が示されているので、予想通りという方もいるでしょう。
 いずれにせよ、トランプ大統領の出現は、日本の左派、中間層にとってだけではなく、右派、保守層にも衝撃を与えたようです。日本は世界のなかでもアメリカの求め通りにやってきて、「これ以上は無理だ」というところまで来ているのに、それでは足りないというわけですから、日本政府の混迷もしばらく続くと思われます。

●「守ってやるのだからカネを払え」は歴代政権に共通
 しかし、冷静に考えてみてください。安全保障分野についてトランプ氏が言っていることは、それまでのアメリカ大統領の言明と、そんなに違いがあるでしょうか。
 そもそも「思いやり予算」が開始されたのも、七〇年代後半から吹き荒れた「安保ただ乗り論」の嵐のなかでした。日米地位協定では、基地を提供することにかかわる費用(土地代など)は日本が負担し、基地を維持することにかかわる費用(施設建設費、水光熱費、人件費など)はアメリカが負担することが決まっているのです。ところが、日本を守ってやっているのにおカネを払っていないというアメリカの圧力が強まり、不平等性がたびたび指摘される地位協定の規定さえ破って五年毎に補足協定を締結することとなり、基地維持費用まで日本側が負担する思いやり予算の仕組みが生まれたのです。
 つまり、「守ってやるのだからカネを払え」という点において、歴代アメリカ政府とトランプ氏の論理は、まったく同じなのです。異なるように見えるのは、産経新聞が言うように、現在では日本側の負担がすでに限界に来ているという現実があり、トランプ発言があまりにも極端に見えるからでしょう。米軍撤退にまで言及していることも違いではあるでしょうが、その言葉をさらにカネを払えという圧力の手段だと捉えるなら、これまでのアメリカのやり方をさらに露骨にしたものだということになるだけです。

●安倍首相ではトランプと四つに組めない
 とはいえ、日本側の負担は限界です。おカネの面だけではありません。防衛負担という点でも、何十年も続いた憲法解釈を強引に変えてまで、自衛隊が米軍を支援する新安保法制をつくったばかりです。これ以上の負担が求められた場合、日本はどう対応するのかが問われます。
 安倍首相は大統領選挙の結果が出た日、「日米同盟は普遍的価値で結ばれた揺るぎない同盟」だとして、トランプ氏とも「普遍的価値」が共有できるかのように述べました。安倍首相だけではありません。選挙結果を受けて日本に充満しているのは、トランプ氏への不安を抱えつつも、日米同盟だけは堅持しなければならないという、ある種の信仰とでも言えるような論調です。率直に言って、そのような立場では、予想されるトランプ氏の攻勢に対して四つに組むことはできないでしょう。
 産経新聞も、選挙の結果が出るとさっそく翌日、「『基地撤退なら街が廃れる』 トランプ氏勝利、(米軍横田基地のある東京)福生に不安と戸惑い」という見出しで記事を掲載し(東京地方面)、トランプ氏に迎合する姿勢を示しました。こうして、基地が撤退するくらいならトランプ氏の求めに応じていくという姿勢になることは、日本の限界を超えるかどうかという問題となり、国民との間で解決できない矛盾を抱え込むことになっていくはずです。

●「日本核武装」発言はどこが問題なのか
 日本はなぜ日米同盟信仰と言っておかしくないほどの対米従属状態に陥っているのか、本当にそれでいいのか。トランプ大統領の出現は、そこを考えさせてくれるきっかけになるかもしれません。
 選挙戦の最中、トランプ氏が日本の核武装を容認する発言をしたとして、大きな話題になりました。FOXニュースのインタビューで、「北朝鮮は核を持っていて、日本はそれに対して問題を抱えている。多分、日本は北朝鮮から自衛した方がいい」と発言した際、インタビュアーに「核で?」と尋ねられると、「そう、核を含めて」と述べたのです。
 これは、日本核武装というところに話題性があったわけですが、大事なのはこの発言の別の側面です。どういうことかと言うと、日本の核武装を容認するということは、アメリカは「核の傘」を提供しないというところに核心があるのだということです。
 これまでアメリカが「日本を守ってやる」と言う場合、守る手段の中心は核抑止力でした。しかし、アメリカ国民のなかにも、「それでいいのか」という気持ちが生まれており、トランプ発言はその裏返しだと思われます。
 「核の傘」を提供するということは、たとえば日中間の紛争があったとして、その際にアメリカは中国に対して核兵器を使用するということです。その結果、中国はアメリカ本土に向けて核兵器を発射することになり、それまでは安全だったアメリカが多大な被害を被ることが予想されるのです。ソ連が相手だったときは、一国を守れないと他国もソ連の影響下に入るという不安があり、アメリカ国民も「核の傘」の提供を当然だと考えていたのですが、日中間の戦争にそこまで関与するのか、それがアメリカの国益に適うのかという疑念が生まれているわけです。
 トランプ発言は、そういう国民の本音に根ざしたものですから、簡単に撤回することのできないものです。アメリカの核戦略はこのままでいいのか、核抑止に頼る日本の防衛政策は正しいのか、アメリカでも日本でもこれから本音の議論が開始されるのではないでしょうか。ここには期待したいと思います。
 一方、「核の傘」が提供されているということで、日本はアメリカの度重なる要求に屈してきました。日本が対米従属に陥っている原因はいろいろあり、本書はその「謎」を解明することを目的としていますが、「謎」の根底にあるのは核抑止力への依存がそのまま対米従属の構造を生み出しているということです。このトランプ発言をどう捉え、どう対応するかは、対米従属がいまのまま続くのか、変わっていくのかを占う問題になるでしょう。

……(以下、以前とほぼ同じで、最後に次を加える)

 トランプ氏の「日本核武装発言」を徹底的に議論することは、そのためにも不可欠な作業だと感じます。本書がこれから明らかにするように、日本は引き続き核抑止力に依存するのか、そこから抜け出して新しい防衛構想を確立できるのかという問題は、対米従属のスパイラルから日本が自由になれるかどうかを左右することになるでしょう。