2018年11月7日

 以上、いろいろ述べてきた。しかし、志位さんの見解は、よくよく見ると、それほど過激ではないのかもしれない。

 植民地支配が違法だったから賠償を支払えという韓国大法院の判決を支持し、共産党も同じ立場だとしつつ、現在、その立場で解決を図れと言っているのではない。国家間の請求権問題が解決しているかどうか(植民地支配が違法だったかどうか)は意見の違いがあるのだから、当面は、個人の請求権問題は解決していないというところで「公正な解決をはかる」としている。請求権協定は無効だとか、賠償を支払うべきだというような言葉は使っていない。

 その上で、「日本が植民地支配を反省してこなかったという根本的な問題」があるので、「二段構え」(記者会見)の次の段階で「より根本的な解決の道を見いだすべきだ」としている。その根本的な解決のところでも、韓国大法院の判決をいろいろと引用してはいるが、共産党の主張としては「植民地支配の反省を基礎にした公正な解決」ということで、請求権協定の無効とか賠償という言葉は使っていない。

 つまり、植民地支配をどう認識するかという問題では、共産党らしい言葉を使っているが、当面の実際の解決策として、それを求めるまでにはしていないということである。将来にも含みを持たせているということである。これは正しい選択である。

 慰安婦問題でも、共産党は植民地支配も違法だし、慰安婦制度も違法だとして「賠償」を野党として求めてきたが、たとえば2000年当時に民主党、社民党とともに提出した法案では、「謝罪と償いの意を表すために必要な措置を講ずる」「金銭の支給」をするとしたが、慰安婦の制度が違法だったとか、賠償を支払うのだという言葉はない。「強制」という言葉は出て来るが、焦点になってきた「強制連行」という言葉もなかった。韓国の運動体からは「女性基金と同じ」という批判もあったが、原理的な主張と実際の解決策を区別してきたということである。

 ちょっと性格は違うが、自衛隊の憲法問題でも似たような構図がある。共産党は自衛隊を違憲だと考えているが、当面の野党連合政権では「自衛隊=合憲」という立場に立つと表明しているからだ。

 共産党の考えが日本と世界を覆い尽くすまでの間は、植民地支配と人権問題では今日の到達点(違法だという)に立つということと、同時に実際の対処では、すでに締結した条約の範囲内で行うということである。そうなると、私の考え方とそう変わらないかもしれない。ハートでは植民地支配の心からの反省を熱く示していくが、同時に、実際の解決策ではクールに条約の範囲内で対処するという考え方である。

 ただ、志位見解をサラッと読んでしまうと、言葉の過激さに感動し、ただちに植民地支配の違法性を認めろ、請求権問題の間違いも認めろ、賠償を払えというのが共産党の見地だと勘違いする人が出るかもしれない。そうすると、実際の当面の解決策として考えているのはそういうものではないと分かった時点で、がっかりすることになるのかもしれない。(了)

2018年11月6日

 国家は過去の条約や政府間合意を破棄できるか。これは難しい問題である。

 まず、当然できる、という回答がある。韓国が慰安婦合意を反故にしたり、大法院が日韓請求権協定を否定したりしてるのを見て、合意を覆すなんて国際法の世界ではあり得ないという論調が日本では強いが、そんなことはない。

 だって、我々の面前で、あのトランプ大統領がイラン核合意から一方的に離脱して平然としているではないか。現在の国際法だって、力のある欧米がつくったものであり、それよりも中国が力をつけるようになると、実力で国際法を変更することだってあり得る。国際法とはそういうものだ。

 歴史上、革命を起こした政府は、よくそういうことをやった。ロシア革命に成功したレーニンが、ロシアと各国が結んでいた秘密条約を全部破棄したことも有名である。

 問題は、そういうやり方は現行の秩序を乱すものだから、秩序の枠内にある多くの国からバッシングを受けることである。それを覚悟できるのかということだ。

 アメリカのように力のある国なら、とりわけトランプのような人物なら、バッシングなど無視するだろう。無視しても、アメリカ抜きの世界はあり得ないので、アメリカはたいして悪影響を受けないで済む。

 しかし、大国でない日本の場合、そう簡単ではない。植民地支配は違法だったからと日本国家が認めて賠償するということになると、過去、植民地支配をやった欧米の多くの国に跳ね返り、アジア・アフリカの国からの賠償要求が迫ってくることになるから(働かせたことに対して1人1000万円だから途方もない額だ)、欧米諸国からの日本に対する圧力は半端なものでなくなる。

 もちろん、レーニンのように「正しいことは正しい」という道を進む選択肢はある。秘密条約とか秘密外交とか、いまでもあると思うが、以前ほどは幅を利かせなくなっているのは、レーニンの成果である。植民地支配は過去にさかのぼって賠償するという考えが世界中に広まれば、いま困窮をきわめている中東やアフリカの人びとは喜ぶかもしれない。ただ、そのソ連は、直後から海外からの投資がされない国となり、それがずっと続いて滅びてしまったけれど。

 それに、じゃあ、共産党がめざす野党連合政権がそれで合意できるかというと、他の野党は正反対の態度をとっているので、そう簡単でないことは確かだ。共産党は「魅力ある政策」で「政権合意」をめざしているわけだから、きっとこの問題も政策協議の中心問題に据えるのだろうけれど、一致点になるのだろうか。一致しなければ、魅力のない政策になったとして、政権合意は結ばないのか。(続)

2018年11月5日

 「赤旗」の11月2日付に載った志位さんの見解。「徴用工問題の公正な解決を求める──韓国の最高裁判決について」というタイトルである。

 まず、日韓請求権協定によっても個人の請求権は消滅しないという、きわめて常識的なことが書いてある。その上で、日本の最高裁もそういう立場で企業に自主的な対応を促し、その結果、西松建設などが和解金を支払った事例が紹介されている。これも常識的なものだ。

 なかなか微妙なのは後半部分である。志位さんの見解が、日本の他のメディアなどと異なるのは、韓国最高裁の判決が日本が植民地支配と徴用の違法性を認め「賠償」を支払うべきだとしているのを高く評価し、日本政府に対して「公正な解決」を求めていることである。

 これは共産党ならではというか、共産党にしか言えない見解である。なぜなら共産党は、戦前の時代から日本が朝鮮半島を植民地として支配することに反対してきた唯一の政党であり、日本から独立を果たした戦後になっても、一貫して過去の植民地支配が違法であったとして謝罪を求めてきた唯一の政党だからである。

 戦前のことは誰もがそう思えるだろう。大政翼賛会につながっていく時代だから。日本人はみんな(共産党を除き)朝鮮半島支配を当然のことだと思い、半島の人びとを侮蔑していたのである。

 重大なことは、戦後の時代になっても、日本人の朝鮮半島植民地支配に対する認識はあまり変わらなかったことだ。社会党だって当初、植民地支配を当然だと考え、賠償を支払うことにも反対していた。自民党とあまり変わらなかったのである。社会党が変化するのは、70年代、共産党と北朝鮮の関係がきしみをみせはじめ、社会党が替わって北朝鮮との親密な関係を築き始めて以降なのだ。

 だから、共産党だけには、植民地支配の違法性や請求権協定が賠償でないことの問題性を打ち出す資格がある。共産党員は誇っていいことだ。堂々と提唱してほしい。

 問題は、それを打ち出す資格があるのは、共産党だけだということにある。国の政策としてそれができるかということである。

 いまの時代にどこかの国を植民地支配することは、誰もが違法だと考える。そんなことをやる国は国連の制裁を受けるだろう。だけど、戦前は日本の誰もが(共産党を除き)合法だと思っていたし、欧米中心でできている国際法も合法だという立場であった。

 日韓基本条約と請求権協定が結ばれた当時(1965年)も、ちょうど5年前に国連総会が植民地独立宣言を可決し、どんどん独立国が増えてきていたが、欧米の植民地宗主国はその総会決議に反対や保留し、武力で独立運動を弾圧していて、植民地支配は違法だという国際法が確立されたとは言えなかった。

 だから日韓交渉においてもそれは議論されたが、韓国側も妥協せざるを得ず、違法性や賠償を明示的に認めない条約と協定になったのである。それを現在の到達の高みに立って覆せるのかということである。野党として主張するというに止まらず、国家間でそういうことが可能なのかということである。あるいは、条約の間違いを指摘してきた政党が政権をとれば、そういう過去の条約を破棄したり、正したりできるのかという問題でもある。(続)

2018年11月2日

 徴用工問題は、これまでは請求権協定の枠内の問題だった。協定によって請求権問題は解決したという両国政府があり、いや協定によって個人の請求権は消滅していないという原告があり、その争いであった。争いの結果、協定で自国民の権利は解決済みという合意をした韓国政府が支払いをすることで、徴用工の権利は満たされたというか、補償はされた。これが前回までの要約。

 これは常識的な結論である。サンフランシスコ平和条約で日本とアメリカは請求権問題の「解決」をうたっがた、それでも日本の原爆被害者はアメリカに対する請求権を持っている。しかし、条約で解決済みとされているので、それに同意した日本政府に対して国家賠償を求めてきたわけである。「いや日本のおカネでは満足できない。被害を与えたアメリカを相手に裁判を起こせ」と求める政党も市民団体もなかった。重ねて言うがそれが常識である。

 ところが、徴用工たちは、韓国が支払いをする(もともと原資は日本の税金だが)のでは満足しなかった。そこで新たな訴訟を日本企業を相手にして起こした。けれども、請求権協定とその解釈が現在のままでは(個人の請求権は消滅していないという解釈も含め)、どんなに争っても日本におカネを出させることはできない。実際、第一審、第二審とも原告が敗訴する。

 そこで韓国の大法院は、新たな論理を提示する。今回の判決は、請求権が消滅していないという結論は同じでも、その論理を変えた。「植民地支配は違法だから徴用も違法である」「だから被害者の損害賠償請求権は請求権協定によって消滅はしなかった」という論理を持ってきたそうである。

 これは分かりにくいかもしれない。請求権協定というのは、昨日引用したように、「財産、権利及び利益…の請求権」を解決したものである。韓国には徴用工の給与未払い問題などがあるし、日本には企業が韓国で建設して置いてきた工場などの財産補償問題があるし、その双方をこれで一括して解決しようということである。つまり、「損害」に対して請求するわけであるが、あくまでおカネの問題なのである。

 これに対して、今回の判決は「賠償」請求権を問題にしている。賠償というのは、国家が行った不法行為に対してふさわしくおカネを支払うものだ。戦後の日本は、サンフランシスコ条約にもとづき、いくつかの東南アジアの国との間で賠償を支払ったが、そういう性格のものである。

 つまり判決は、財産上の請求権問題は請求権協定で解決したかもしれないが、この協定では「賠償」請求権が規定されておらず、だから不法行為をした日本に対する徴用工の賠償請求権は残っているということなのである。請求権協定の枠内で(解釈で)問題を解決しようというのではなく、請求権協定が間違っているから(日本の不法行為を認めていない部分は少なくとも欠落していると言えるから)解決が必要だということなのである。

 確かに、請求権協定は「賠償」に言及していない。日本が賠償を支払ったのは、サンフランシスコ条約に参加した戦勝国に対してであり、韓国は戦勝国でないとして条約会議への参加を認められなかったから、対象にならなかった。

 植民地支配そのものが違法だという認識が当時の世界にあれば「賠償」も考えられただろう。しかし、当時、アメリカもイギリスもフランスも植民地をたくさん保有していたわけで、植民地支配を違法行為とする「賠償」は国際的に通用しなかった。条約交渉で韓国はそれを日本に求めたが、日本は当時の国際法に則って拒否し、韓国側も妥協したわけだ。法的にはそういうものだが、そうはいっても多大な迷惑をかけたことも常識だったので、5億ドルという途方もない額を財産請求権名目で支払ったのである。

 だからいま、請求権協定で徴用工の請求権が消滅したか残っているかは問題にもなっていない。誰に聞いても「残っている」というだろう。

 「賠償」請求権を認める今回の判決は、そこを問題にしているのではなく、請求権協定とそれと一体の日韓基本条約は日本の植民地支配が違法だと認めていないので、間違っているという論理に立っているのである。そんなものを基礎に交渉したり裁判したりしても負けるからそれを破棄せよとまでは明示的に求めてはいないが、事実上はそういうものである。

 人間の認識は発展する。とりわけ人権意識は急速に発展する。現在だったら、どこかを植民地として支配しようとしたら誰もが「違法だ」と叫ぶだろうし、撤退にあたって「賠償」を求められるだろう。しかし、人間の認識の発展度合いに応じて過去の条約を問題にしていたら、破棄される条約が山のようになっていく。

 だからこそ、条約を尊重するということと、現在の認識にあわせて人権を尊重する立場に立つということと、その両立が大事なのである。もともとの記事で書いたとおりのことであるけれども。

 まだ論じ足りない。ちょうど本日の「赤旗」に共産党の志位さんの見解が載っているので、来週はそれを材料にして論評を続けたい。(了)

2018年11月1日

 昨日、「国家間で決着しても個人の請求権はなくならないという考え方も当然である」と書いた。同時に、「国家間で請求権問題が決着すると、それで解決済みになるというのは、普通の国際法の考え方である」とも書いた。その両者の関係について質問があったので論じておく。

 まず、1965年の日韓請求権協定を引用する。第二条にこう書いている。

 「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、……完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」

 「国民」の財産に関する問題は「完全かつ最終的に解決された」のである。それを国家間で確認したわけである。ここに徴用工の問題も含まれることは、当時の韓国政府も確認している(議事録に残っている)。

 一方、国家が「国民の財産請求権問題は解決された」と条約で規定したからといって、その国民の請求権が消滅するかというと、そうではない。ここには国家と国民の間の複雑な問題が横たわっているけれども、そういう考え方はどんどん強まっているし、65年当時だってそうだった。

 だから、個人の請求権は消滅していない。だからこそ、徴用工は日本で権利を行使し、裁判を起こせたのである。権利がなければ門前払いされていた。韓国内の裁判も同じである。

 ただし、国家は「解決」を確認しているから、裁判を起こした原告を保護することはできない。自国民が権利が侵害されたとして外国で裁判を起こすわけだから、通常なら自国民の立場に立つわけだが(外交保護権)、条約上、そういうことはできない。

 そして、これまでは権利が行使されて、敗訴していたわけである。その過程で韓国政府は、徴用工の権利行使に答える義務があるのは自分だと理解して、つまり日本側からおカネを受け取った韓国政府が責任を負うべきものだと納得して、すでに620億円の支払いをしたのである。

 ということで、請求権問題は決着したといいう考え方と、個人の請求権は消滅していないという考え方は、これまでは無理なく共存してきたわけだ。今回の判決は(日本語で出回っていないので韓国の新聞の日本語版を見るしか材料がないが)、そこに挑戦をしているところに特徴があるし、常識を外れるところがあると思われる。(続)